ギリシャ人は“神話”を愛する --- 長谷川 良

当方は過去、3回、ギリシャを取材したことがある。首都アテネと第2都市テッサロニキ、そしてクレタ島を訪ねた。印象は悪くなかった。街並みは整い、国民は陽気で明るく、親切だった。そのギリシャが債務返済不能に陥り、欧州の問題児となっている。何が生じたのだろうか。

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▲ギリシャの第2都市、テッサロニキ市内(2011年5月25日、撮影)

チプラス政権は今年1月末に発足したばかりだ。ギリシャの金融財政危機はこれまでの政権が積み重ねてきた政策の結果だ。日本のメディアでは、ギリシャ国民は、汗を流して働く事が嫌いな国民で、生産より多くを消費してきた結果、財政危機が生じた、という論調が多い。ギリシャ国民は本当に怠慢な国民だろうか。独週刊誌「シュピーゲル」最新号はギリシャの国民性、メンタリティーについて、ギリシャ人の著名な作家 Nikos Dimou 氏とインタビューしている。ギリシャ人を知るうえでとても啓蒙的なので、その内容を読者の皆さんにも紹介したい。

チプラス首相(40)は10代後半に共産党青年部に入った。“ベルリンの壁”が崩壊し、ソ連・東欧諸国の共産主義政権が次々と崩壊し、民主政権が誕生した時に、チプラス青年は共産党に入党したのだ。彼は国立アテネ工科大学で学んでいる。

チプラス政権のほぼ全閣僚が共産主義者、ないしは共産主義を思想のベースとしている政治家たちだ。彼らは教義主義から離れ、欧州共産主義、そして現在はモダンな共産主義者を装っているという。
チプラス首相は共産主義者だが、「非常に狡く、演説もうまい」という。彼は企業の80%を国家が管理する国民経済を理想とし、政権就任後、実施した最初の政策は前政権で解雇された財務省勤務の約500人の掃除婦を再雇用することだった。公務員が圧倒的に多く、ブリュッセルから国営企業の民営化を要求されたが、チプラス首相は中途半端な返答しかしていない。ユーロ圏グループから年金削減を要求された時も強く拒否してきた経緯がある。

チプラス首相はギリシャの財政事情を正しく理解しているのだろうか。 Dimou氏は、「ギリシャ人は“現実”と共存することがうまくない。彼らは神話を愛するのだ。わが国の歴史教科書は生じた事実をほとんど記述していない」というのだ。

お金を借りれば、返済日までに返金しなければならない。この初歩的な理解がギリシャでは決して当たり前ではないのだ。銀行はチプラス首相にとって資本主義の悪のシンボルだ。一方、国民も税金を払わないことを悪いとは考えていないという。「脱税行為は一種の革命的行為と受け取られる風土がギリシャにはある」というのだ。
ギリシャは過去、オスマン・トルコに長い間支配され、その後、ナチス・ヒトラーに占領されてきた。戦後は、軍事政権が国家を掌握する一方、一部の上層部の腐敗政権が続いてきた。そのためというか、ギリシャ国民は国家を信頼しない。

Dimou氏は、「わが国は他の欧州諸国が体験した啓蒙思想、ルネッサンスも経験していない。19世紀まで依然として封建制度が続いてきた、それが突然、西側諸国と関わりを持ったのだ」という。Dimou氏によると、ギリシャ国民性に最も影響を及ぼしたのは「ギリシャ正教と共産党」という。両者とも反西欧だ。

ユーロ諸国グループはギリシャのバルファキス財務相(辞任)と緊縮政策で協議してきたが、経済学教授であり、オートバイが大好きな財務相は西側の同僚たちとはまったく違った印象を与えたという。同相は、「ギリシャ国民を債務の奴隷としたブリュッセルはテロリストだ」と批判して憚らなかったのだ。他の欧州の財務相たちはバルファキス財務相の言動に文化ショックを受けたといわれるほどだ。

ギリシャは欧州連合(EU)の一員であり、ユーロ圏グループのメンバーだが、同国は他の欧州諸国とはその歴史もメンタリティーも異なっている。Dimou氏は「ギリシャは西欧ではない」と言い切る。

参考までに付け加えると、ギリシャ労働者の平均労働時間はドイツ人のそれより長いという記事を読んだことがある。ひょっとしたら、問題は、労働時間の長短ではなく、労働の生産性ではないだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。