欧州で「規律」派と「連帯」派の主導争い --- 長谷川 良

ギリシャの金融支援問題は欧州連合(EU)の統合に分裂をもたらすだろう、と一部で懸念されてきたが、この予測が現実味を帯びてきた。ドイツ、スロバキアやバルト3国はギリシャの金融政策とその改革案に対し懐疑心が強い一方で、フランスやイタリアはギリシャの破産を阻止し、ユーロ圏に留まらせるべきだと考え、ギリシャへの金融支援を積極的に支持している、といった具合だ。

独週刊誌シュピーゲル最新号(7月18日)を参考に、ブリュッセルで開催されたユーロ圏首脳会談の様子を再現してみる。首脳会談はギリシャ政府が提示した改革案に対し、懐疑派と支持派に分かれ、激論を展開。合意が難しいと判断したメルケル首相が会談の延期を提案したが、トゥスクEU大統領が「延期したとしても同じだ」と延期案を拒否。会議は結局、13日早朝、17時間に及ぶ協議の末、ギリシャ議会での改革案の法制化を条件に金融支援を実施することで合意に達した。

同誌によると、フランス人のパスカル・ラミー元欧州委員会委員(貿易担当)は、「欧州は現在、財政の規律を最優先するドイツと、連帯を重要視するフランス、イタリアとの間で分裂している。ドイツは規律を求め過ぎる一方、フランスやイタリアはユーロ諸国内の連帯を主張するなど、両者は真っ向から対立している」という。フランス政府は自国の金融・財政問題の専門家をアテネに派遣し、財政管理などでアドバイスするなど、アテネをユーロ圏に留めるため必死だという。すなわち、欧州はギリシャの金融支援問題でドイツを中心とした「規律」派と、フランス、イタリア主導の「連帯」派とに分裂しているわけだ。

ところで、ドイツはナチス・ドイツ軍の蛮行という過去の問題を抱え、これまで政治指導力を発揮することに非常に慎重だった。調停役で満足してきた。例えば、農業問題で英国とフランスが対立した時も、ドイツは両国間の間に入って調停役を演じた。しかし、戦後70年を迎え、ドイツは欧州の政治舞台で主導的な役割を果たす機会が増えてきたのだ。ギリシャの金融危機ではもはや調整役ではなく、主導的役割を演じている。しかし、メルケル首相はユーロ圏首脳会談の前日、オランド仏大統領と会談し、意見を調整するなど、ドイツ主導といったイメージを回避するため苦労している。

メルケル首相が今、頭を痛めている問題はギリシャの金融支援で懐疑派の筆頭、ショイブレ財務相の存在だ。同財務相はユーロ首脳会談前に、ギリシャを一定期間、ユーロから離脱させる案を立案している。だからというべきか、ギリシャ国民の間ではメルケル首相より、ショイブレ財務相が批判の第1ターゲットとなっているほどだ。

ショイブレ財務相はシュピーゲル誌とのインタビューの中で、「ギリシャのユーロ追放案に対し、ユーロ圏財務相会議では15カ国が支持し、反対はフランスとイタリア、それにキプロスの3カ国だけだった」と明らかにしている。
ユーロ圏首脳会談はギリシャへの金融支援で合意したが、アテネが改革を躊躇し、約束を履行しない場合、ショイブレ財務相ら強硬派がギリシャ追い出しを更に強めていく可能性が予想される。

ショイブレ財務相の強硬姿勢に対し、メルケル首相自身は曖昧な姿勢を貫いてきた。ギリシャの改革案には懐疑的だが、ユーロ圏の分裂は避けたい、というのがメルケル首相の本音だろう。ちなみに、シュピーゲル誌が掲載した世論調査によると、ギリシャへの支援問題では、ショイブレ財務相の政策に満足と答えた国民は64%で、62%のメルケル首相を上回っていた。

ユーロ首脳会談前、メルケル首相はオランド大統領と会談するだけではなく、ガブリエル副首相ら社会民主党幹部たちと意見を調整し、連立政権内の対ギリシャ政策の調整にも気を配っている。同首相は党内外の「規律」派と「連帯」派の間に挟まれ、ユーロ圏の維持に腐心しているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。