ギリシャ危機、中国株の暴落で、そろそろ日本株も危ないのではないかと思い始めた人もいることだろう。アベノミクスで株価が上がり始めた2012年末の株価は1万円を切っていたが、今年5月には2万円を超え、東京証券取引所の時価総額は6月に初めて600兆円を超えた。そろそろピークを過ぎたのではないか──。
いまの株式市場のことが気になるのは株式投資をしている人たちだけではない。私たちは好むと好まざるとにかかわらず、「年金積立金管理運用機構独立行政法人」(GPIFの略称のほうが知られているかもしれない)を通じてかなりの株投資をさせられている。その運用が昨年から株式に大きく傾斜していることを知る人は多いだろう。
GPIFは、昨年10月に積立金の資産配分を大きく見直した。国内株式への配分は、それまでの12%から25%へと倍以上に増やした。外国株式も同様に12%から25%に増やした。代わりに国債を中心とした国内債券の割合は60%から35%に減った。残りは外国の国債で15%だ。
要するに内外の株式の割合を24%から半分まで引き上げたのが、昨年10月だった。そのころ1万5千円程度だった日経平均株価は大きく上がった。その結果、7月10日にGPIFが公表した2014年度の運用成績は、約15兆3千億円の黒字で、年率12.3%と過去最高だった。
とはいえ、単純には喜べない。この株高にはGPIFの運用の見直しも大きく寄与しているためだ。昨年9月末に18.2%だった国内株式の割合は、今年3月末には22.0%まで増え、目安とする25%に近づいていた。その後も25%に向けて株式での運用を増やしているはずなので、これ以上増やすことは難しいところまできているといえる。ある意味、伸びきった状態にあるといえるだろう。
株式市場で「年金資金の買い」と呼ばれるのはGPIFの資金移動を念頭においたものだ。これは、国策として年金資金を株式市場に入れたものと理解したほうがよい。
安倍晋三首相は今年1月にスイスのダボスで開かれた「世界経済フォーラム年次会議」で演説し、こう語った。
「日本の資産運用も、大きく変わるでしょう。1兆2,000億ドルの運用資産をもつGPIFについては、そのポートフォリオ(運用資産の構成)の見直しを始め、フォーワード・ルッキングな改革を行います。成長への投資に、貢献することとなるでしょう」
この「フォワード・ルッキングな改革」とは、2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」に基づいて始まった公的年金などの運用を見直す有識者会議で打ち出された。今後の経済状況の見通しを踏まえた判断を重視する姿勢で、「国内債券を中心とする現在のポートフォリオの見直し」が強く打ち出された。議論の対象はGPIFや公務員らの共済年金の積立金だけでなく、独立行政法人の積立金を合わせた総額200兆円だった。
これを踏まえて、GPIFは2014年10月、国債の割合を60%から35%に下げる上述の見直しをした。そもそも、2004年にGPIFが発足した時には国債に67%をあてていた。これを60%に下げたのは2013年6月7日だった。ところが、安倍政権は同月14日に「公的資金等の運用の在り方を検討する」と盛り込まれた「日本再興戦略」を閣議決定して、7月1日には有識者会議の見直しが始まった。GPIFの見直しを無視しているとしか思えないスピード感だ。
アベノミクスの「第一の矢」は「大胆な金融政策」だった。日銀は市場から国債を買い上げることで資金を大量に放出し、その資金は株価を押し上げた。「第二の矢」である「機動的な財政政策」で発行された国債も、日銀が事実上買い支えた。さらに「民間投資を喚起する成長戦略」である「第三の矢」の一貫にGPIFの改革も位置付けられた。
しかし、その実態は、日銀が直接に巨額の株式を買うわけにはいかないので、まとまった国債を保有するGPIFから日銀が買い上げ、その資金を株式市場に投入させる玉突きのような資金移動としか考えられない。とにかく株価を吊り上げて、強引にでもアベノミクスの成功を印象付けたいのではないだろうか。日銀が保有する国債は、2012年3月末の約80兆円から、2015年3月末には約270兆円に膨らんだ。年間100兆円近い国債を買い込んでいるわけで、GPIFからでも買わないと、「仕入先」がなくなるという事情もあるだろう。
物価が下がるデフレが続くと、消費者は「値下がりするので必要なものだけを買おう」と考えるようになり、経済は沈滞する。アベノミクスは、「インフレにする」と宣言することで値上がりする前に買おうという気持ちにさせることから始まった。インフレにするために、日銀が国債を買い上げて、じゃぶじゃぶ資金を供給する「異次元緩和」が続いている。それでも政府が期待するインフレは起きていない。
「フォワード・ルッキング」はインフレになることが前提だが、日銀が2年としていた2%のインフレ目標の達成は、2015年春のはずだった。日銀の岩田規久男副総裁は就任直前の13年3月、副総裁候補者として出席した衆院議員運営委員会で民主党の津村啓介議員に、2015年春の物価上昇率2%を目標にするかどうかの確認を求められ、こう答えた。
「(達成は)就任して最初からの2年でございますが、それを達成できないというのは、やはり責任が自分たちにあるというふうに思いますので、・・・やはり最高の責任のとり方は、辞職することだというふうに認識はしております」
しかし、2015年4月の消費者物価(生鮮食品除く)は前年同月比0.3%の上昇にとどまった。日銀は2%の達成時期を「2016年度前半頃」と、1年以上先延ばしした。消費増税を考えると実質的な賃金は減ったままになっている。結局、上がったのは株価だけで、庶民の生活は苦しくなっている。
すでに、GPIFが保有する株は、25%になっているはずだ。それでも、アベノミクスがインフレ目標にこだわって「フォワード・ルッキング」を現実のものにしたいと考えるのは無理に無理を重ねることになる。いま、2008年のリーマンショックのような株安がきたらGPIFの運用はどうなるか。長妻昭議員が出した質問主意書に対する安倍内閣からの答弁書には、21.2%のマイナス、26.2兆円の損失と書かれている。国民を道連れにする危険なかけは、そろそろ終わりにしてほしい。
杉林 痒
ジャーナリスト
編集部より:この記事は「先見創意の会」2015年7月21日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。