官製観光といっても、このおはなしのサイズは大きくない。観光庁への言及もしない。ここ京都市に限ってのことである。
その京都市の観光客数は、ここ十数年ほぼ右肩上がりで、京都市の推計では年間観光客数は、4000万人から5000万人余に増加したことになっている。
ただしこの数値は、たとえば京都在住のわたしが清水寺駐車場に駐車しても、また東京から新幹線に乗車して京都駅に帰ってきても増加するたぐいのものなので、いわば指数である。しかし4千が5千になったというのは、実感を裏切っていない。混雑のシーズンでは、4が7に化けた気がするほどだ。
京都市はこの間、さまざまな観光施策を打ったが、結論からいうと、「口パク効果」以上のものは、ほどんどなかった。PAにあわせて施策の歌を歌っているふりをしているだけであって、増加の主因は他にある(「施策なしの場合」という対照群を示せないのが残念だが、リニア奈良駅が開業した時には、すべての説明がつくかもしれない)。
わたしの考えるところその主なものふたつある。ひとつは鉄道会社の宣伝であり、もうひとつは個々人の勝手な発見である。前者の事情はよく知られているので、ここで説明が必要なのは後者の「個々人」の場合であろう。
ひとつ例を上げれば、右肩上がりの発端となった1999年から2000年の魔界ブーム。すくなくとも市役所の中にはこのブームの音頭取りはいなかった。ネットの力がまだまだの頃だったが、個々人が情報を集めて京都へ来た。翌2001年の映画「陰陽師」はそれを後押ししたとはいえ、牽引したわけではない。
また最近ではフシミイナリである。魔界ブームは日本人発だったが、これは外国人発。ツイッターやらフェイスブックやらで広まったらしいが、その足跡追跡はもう不可能だろう。その結果、トリップアドバイザーでは年々順位を上げて、昨年2014年に日本国内1位を獲った。現在はそれを知った日本人が、ちょうちん買いに入った模様。
伏見稲荷は世界遺産ではない、まして官製観光の援助があったわけでもない。おいなりさんのHPも、日本語のものしかない。ネット勝手連がいかに強いかの好例である。
そして最近は、受け入れもまた個々人であることが増えた。これは言ってみれば「縁故観光」である。国外から日本に移り住んだ者が、親戚や知人、はたまた知人の知人を呼びこむ。レンタカーを借りて市内を案内し、ネットで確保しておいた宿に泊める。自己設定のパッケージとしてまとめて費用を請求するらしい。市役所はこんな動向をどこまで知っているのかしらん。
ともかく市役所=おいけ(普通、京都の者は河原町御池にある市役所のことを「おいけ」と呼ぶ)の施策は利いていない。望むべくは「余計なことはしないでくれ」であろうか。それに今後いっそう望まれる富裕層へのアプローチにとって、5000万とかいう準天文学的数値は、むしろ邪魔にさえなる。
ちなみにだが、古い旅館やホテルを買い取って改築した富裕層向けのホテルは、京都に向けては一切の宣伝活動をしていない。「星のや」はともかく、鴨川の「リッツ」、嵐山の「スターウッド」のなんたるかを具体的に知る京都人はどのくらいいるだろうか。もちろんわたしも知らない(昔の名前の「嵐峡館」「ホテルフジタ」「嵐亭」なら、まだみんなよく覚えている)。
しかし作戦は止まらない。粗雑な統計を元に、効果があると自己暗示にかけているとしか思えない。止まらないだけではなく、最近では四条通りの車線を片側2車線から1車線に減らす暴挙に出た。こうして車を追い出す一方、二条城では、その史跡の上に駐車場を作る計画を立てている。
四条通りは、観光道路であり、生活道路であり、商業道路であり、市バスの最重要経路である。二条城は世界遺産である。これらは暴挙というか笑挙で、作戦に際して、自らの補給路や基地を攻撃する参謀がどこにいるだろうか。
若井 朝彦(わかい ともひこ)
書籍編集者