投資の損失とリスクとボラティリティ

どんな投資対象も、投資対象としての価値をもつ、投資とは、投資対象のもつ価値への投資である。これは、当たり前のことである。


投資対象の価格は、価値を反映するが、価値と同じではない。価格は、価値変動を反映しつつ、その周辺で、独自の変動をする。故に、価格が価値よりも低いという状況、即ち、割安を生じ、逆に、価格が価値よりも高いという割高も生じるのである。この価値と価格の峻別は、決定的に重要である。

リスクとは、価値の変動であり、ボラティリティとは、価格の変動である。更には、リスクを狭義にとらえれば、リスクとは、価値の毀損である、即ち、本質的な損失である。こちらのほうが、より常識的なリスクの定義である。

いや、リスクは損失ではなくて、損失の可能性ではないのか、そうとも思える。しかし、損失の可能性のあるものに、投資する人はいない。損失は、結果的にのみ、認識される。リスクは、結果として生じた投資価値の毀損を、事実として、つまり、売却して確定した現金の損失として、受け入れることであろう。

ボラティリティは、価値変動と関係なく、勝手に変動している全くランダムな要素である。期間損益を測定すれば、ボラティリティによって、表面的に損失のでることは、かなり大きな可能性としてある。しかし、この損失は、価値が変動していない限り、複数の計測期間を跨げば損益相殺して消えるもの、いわば見かけ上の損失である。

価値の毀損は、必ず現金の損失として、確定することが必要だろう。これは、投資の規律(ディシプリン)、あるいは統制(ガバナンス)の視点から、重要なのである。価値の下落に起因する価格の下落と、ボラティリティによる価格の下落とを、明確に区別すること、いいかえれば、本当の損失を認識することこそが、投資の本質だからである。その本質を際立たせるには、損失を現金の損失として明示するのが一番いいのだ。

「長期投資」という言葉は、おかしい。このような「漠然とした大きな言葉」は、ディシプリンやガバナンスの不在と、実質的に同義になる場合があるからである。短期的なボラティリティに惑わされてはならないことは、当然である。しかし、いかに短期でも、リスクには、即時に対応すべきである。

ボラティリティは、長期に付き合う以外に、対処の仕様がない。その意味で長期投資なのだが、あくまでも、その意味でのみ、長期なのである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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