十分予想されたことだ。北朝鮮が板門店で開催された南北高官会合で表明したのは、「遺憾」であり、「謝罪」ではなかった。これは韓国側も認めている。問題は、北側が「非武装地帯(DMZ)で地雷爆発事件が起きたことを遺憾に思う」と述べた個所を、韓国側は、「北側は地雷爆発事件の責任を認め、謝罪した」と受け取り、「これで南北合意はできる」といつものように早とちりしたことだ。
南北合意後、北側は暫くは静観していたが、韓国側が戦勝したかのように振る舞い続け、「わが国の原則外交が勝利した」と叫び出したから我慢が出来なくなったのだろう。北の国防委員会政策局報道官は2日、「遺憾という文句を謝罪として我田引水の解釈をするのは朝鮮語の意味を知らない無知の産物」と主張。遺憾は謝罪ではないと強調した。すると韓国統一部報道官が同日、「今は合意についてあれこれ言うべきではなく、南北が合意事項を誠実に履行するときだ」(韓国聯合ニュース日本語版)と言い返している。
「遺憾」は「謝罪」ではないという北側の解釈は正しい。2日間徹夜協議が続いた南北高官会合で北側代表が「遺憾だ」という言葉を初めて発した時、韓国側代表は「謝罪」と受け取ったのはその状況から判断すれば理解できることだ。なぜならば、南北合意は北側の謝罪が前提条件だったからだ。朴槿恵大統領は、「北側が謝罪しない限り、対北政治宣伝放送の停止はしない」と繰り返し主張してきた。韓国側代表は北側が謝罪表明するのを待っていた。韓国側は強硬姿勢を貫いたら北側が折れてくる、といった感触を持っていた。そして北側の「遺憾」表明が飛び出したのだ。
南北合意内容が発表された当初から、「謝罪」ではなく、「遺憾」表明だったことは明らかだった。韓国側はそれを謝罪表明と独自解釈しただけだ。北側は暫くは笑みを見せ、韓国側の反応を伺っていたが、韓国側が南北合意が成功した理由として、「韓国側の原則外交」を挙げ出したのを見て、その忍耐が切れてしまったというのが事の真相だろう。
朴大統領は就任以来、対北政策では敵対政策の放棄、人権問題の改善などを要求、北がそれらを履行すれば支援するが、実施しない場合、北側と対話しない、という強硬姿勢を取ってきた。そして南北高官会議で合意が実現すると、その強硬政策を「原則外交」と呼び、自画自賛した。「原則外交」の勝利という政府側の発表を受け、朴大統領の支持率もアップした。
久しぶりの外交勝利に酔う朴大統領の紅潮した顔面に北側が冷水をかけたわけだ。それも同大統領が訪中する2日、公式に「あれは遺憾表明で、謝罪ではない」とはっきりと説明したわけだ。
問題は、北側が南北合意内容を真摯に履行するかが不確かになってきたことだ。金正恩第1書記は中韓首脳会談の行方を注視しているだろう。その首脳会談で6カ国協議の参加を要請するなど、北側に圧力を行使するようなことがあれば、北は南北合意内容の破棄も辞さないかもしれない。
南北高官会合の合意で多くを得たのは北側だ。韓国側は遺憾表明を受け取ったが、北側は韓国との対話ルートを開き、民間レベルでの交流の道も再開することになった。外貨が入る道が開かれるのだ。金正恩第1書記がその戦果品を失う危険を冒すかは分からないが、韓国側の「原則外交」の勝利宣言に激怒していることは明らかだ。
朴大統領は対日関係でも、「日本が過去の歴史を謝罪しない限り、首脳会談に応じない」と主張、それを「原則外交」だと誇示してきた。その外交が対日関係の改善の道をこれまで閉ざしてきた。原則は重要だが、状況に呼応して柔軟に対応することは外交の世界では大切だろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年9月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。