メルケル独首相は8月末、「シリア難民は受け入れる」と表明した。その結果、オーストリア経由で先月、数万人の難民が独バイエルン州のミュンヘンに殺到した。その数日後、バイエルン州の与党「キリスト教社会同盟」のホルスト・ゼ―ホーファー党首が、「押し寄せる難民をバイエルン州だけでは対応できない」と悲鳴を上げると、メルケル首相は他州に難民の公平な受け入れを呼びかけた。しかし、状況は改善しない。そこで今月13日、トーマス・デメジエール内相は、オーストリアからバイエルン州に殺到する難民・移民への国境検問を再開し、欧州連合(EU)域内での人の自由な移動を明記したシェンゲン条約の一時停止を表明した。独政府の発表を受け、隣国オーストリア側も対ハンガリー、スロべニアなどの国境の検問を再開した。
ドイツ側は、「難民受入れ政策に変化はないが、規律と秩序ある受け入れが求められる。殺到する難民を無条件では受け入れることは出来ない」と述べ、オーストリア国境での検問を始めた。クロアチア、ハンガリーにいた難民たちが19、20日の両日、一斉にオーストリアの国境ニッケルスドルフなどに殺到している。その数は2万人を超える。
以上、23日開催予定の難民問題に関するEUの緊急首脳会談直前の状況だ。
興味深い点は、難民に紛れてイスラム過激派テロリストたちが入り込んできた、という情報がここにきて流れてきたことだ。例えば、ドイツ紙ウェルト日曜版は20日付、「ドイツ入りした難民の中にイスラム教スンニー派過激テロ組織『イスラム国』メンバーが紛れ込んでいた疑いが出てきた。警察当局が現在捜査中」と報じたばかりだ。
メルケル首相ら政治家が人道的対応を訴え、難民収容所を訪問、シリア難民に対して暖かい連帯を表明。メディアもドイツ側の難民への人道的対応を報道してきた。しかし、難民はどんどん増え、一国ではもはや対応できなくなってきた。EU加盟国へ難民に公平な負担を呼びかけたが、東欧諸国では依然、反発が強い。そのような時、「難民の中に『イスラム国』のシンパや関係者が紛れ込んでいた」という情報がメディアに流れてきたのだ。あたかも、それ故に、難民をこれ以上無条件では受け入れられない、と間接的に表明しているかのようにだ。
イスラム過激テロ問題の専門家、アミール・ベアティ氏は、「殺到する難民の中に、『イスラム国』メンバーや『ムスリム同胞団』関係者が紛れ込んでいると考えるのは当然だ。欧州治安関係者は最初から懸念してきた。難民収容が難しくなってきたこの段階でそのような情報が流れだしたというのは、単なる偶然ではないだろう。『イスラム国』は欧州でテロを行うと何度も宣言してきた。テロリストにとって、今回のように難民が欧州の地に流れている時、欧州に潜入するのは容易いことだ」と主張する。
要するに、難民の中にテロリストが紛れ込んでいる可能性は最初から想定内のことだったが、難民対策で人道的受け入れが優先されてきた段階では、その懸念は抑えられてきた。しかし、もはや収容できなくなったので、テロ情報を恣意的に流し、難民収容のテンポにブレーキを掛けようとしている、と解釈できるわけだ。
トルコ経由、バルカン・ルートで欧州入りを目指す難民たちはオーストリア入りすると素早くスマートフォンや携帯電話の充電のために電源を探す姿が見られる。欧州に住む親族、家族に連絡するためであり、情報収集のために必要だからだが、ヨルダン、レバノン、トルコの難民収容所に長期滞在する難民たちとは明らかにその言動は異なっている。“豊かな難民”と“貧しい難民”の違いだけではないようにも感じるのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。