欧州連合(EU)の経済大国・ドイツが大きな試練を受けている。輸出大国ドイツを支えているのは自動車メーカーだ。その大手フォルクスワーゲン(VW)がディーゼル車の排ガス規制を恣意的に操作していたとして、糾弾されている。同不正問題で同社の株は急落し、同社はまさに存続の危機に直面している。
VW社は25日、監視役会で今回の不正問題で引責辞任を表明したマルティン・ウィンターコルン社長の後任にポルシェ部門責任者のマティアス・ミューラー氏を最高経営責任者(CEO)に起用し、抜本的な再建に取り組む予定だ。
VWが22日発表したところによると、米当局に指摘されたディーゼル車の排ガス不正操作に関連し、世界で約1100万台の大規模なリコール、それに関連した賠償問題が生じるという。その為、同社は65億ユーロの引当金を計上するという。その額はVWの昨年の純利益の6割に相当する。
VW社だけではない。「ドイツ自動車専門誌アウト・ビルト(電子版)は24日、米NPOが行った実走検査の結果、独BMWのディーゼル車「X3」の排ガスから、欧州の基準値の11倍超の窒素酸化物(NOx)が検出された」(時事通信)という。不正排気ガス問題はドイツの全自動車メーカーに及ぶ様相を深めてきているのだ。
興味深いことは、VWの排気ガス不正規制が表面化する数日前、BMW社のハラルト・クリューガー社長が15日、フランクフルト国際自動車ショーで新車のプレゼンテーション中、突然、意識不明となり病院に運ばれるという出来事が起きていることだ。
当方は、マイクを手に新製品を説明していたBMW社長が突然、スローモーションのごとく倒れたのをビデオで見たが、そのシーンが目に焼き付いていて忘れられない。昨年12月に社長に就任した若いクリューガー社長(49)が倒れるなんてことは予想できないから、BMWのスタンドを取り巻いていた自動車ファンはビックリした。
倒れた社長はその直後、自力で立ち上がろうとしたが出来ず、関係者が助けて直ぐに病院に運ばれた。そのシーンは今から考えると、世界に誇るドイツの自動車メーカーの近未来を象徴的に表した出来事のようでもあった。
ギリシャの財政危機をようやく切り抜けた直後、北アフリカ・中東諸国から難民が殺到、そしてドイツ産業のシンボル、VW社が会社の存続を問われる危機に直面している。
敬虔なドイツ国民ならば、「我々はこの一連の出来事の意味を真剣に考えるべきだ」というだろう。火山の噴火爆発もその前にその兆候が観測される。同じように、人間が織りなすさまざまな出来事も慎重に観察していくならば、それが表面化する前に、必ずその前兆がキャッチできるものだ。前兆の段階で対応できない場合、大きな出来事、不祥事が具体的に生じてしまう。
戦後70年目を迎え、ドイツは文字通り欧州の指導国家となった。メルケル独首相は「世界で最も影響力のある女性」に選出された。そのドイツの主要産業界、自動車メーカーが不正問題で危機に直面し、製造分野で世界に誇ってきた“メイド・イン・ジャーマニー”の信頼性が揺れ出した。
メルケル首相はVWの今回の不正ガス規制問題について「徹底的な解明」を要求している。今回の問題がドイツの国運が傾いてきた前兆ではないことを祈るばかりだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年9月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。