「祇園の評判」考

若井 朝彦

もう先月のことになるが、松井今朝子さんが京都に帰られて講演があり、とてもいいお話がうかがえた。タイトルは「祇園町に育って」。

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松井さんが祇園に住んでおられたのは、小学生から高校生までの間で、おおむね1960年代のこと。その後早稲田大学にすすまれて、以後ずっと東京を中心とした生活をされている。ご実家は祇園の割烹懐石の名店。こういったことはここに記すまでもなく、よく知られていることかと思う。

祇園町には面白いはなしがたくさんつまっているはずだが、かといってそんなはなしがそのままストレートにできるわけもない。しかしこの日の会場は、聞いている方もほとんどが京都の住人なので、微妙なあたりは、輪郭を話せばそれなりに伝わる、といった具合だった。

ところでわたしの印象に強く残ったのは、締めくくりの方にさらっと話された

「両親は祇園というところでどれだけ神経をつかってきたことか。その日が過ごせればそれでいい。何も残さなかったし、子供に店を継がせようとは少しも思わなかった」

これには心中ふかく頷くものがあった。京都はいろいろとうるさいところであるとは思うのだが、その中でも祇園はトップクラスだろう。

店の評判を落としては大変だが、しかしなめられては絶対にいかん。シンプルに言えばこういうことだが、それがお客さんとの関係にまず言え、お客さんを連れてくる芸妓さんにも言え、またみずからの店の板場、その板場の横のつながりの評判から、なにからなにまで気が抜けない町なのだ。大儲けなんかしているヒマはない。

安い料理を出せば、なにか無理があるのではないかとうわさになり、値段を上げれば上げたでいぶかしがられる。目新しい食材を使えばあてこすられ、献立が変わらなければマンネリ扱いだ。

垣間見て、プロ同士の目がまず鋭い。これがこの町の洗練の原動力であることはたしかだ。

ところで代替わりをされた現在のお店のHPにも、このような言葉が見えている。

「淡路島の鯛を始めとする鮮魚、野菜、調味料に至るまで、創業当初から変わらない仕入先との信頼関係によって祇園川上の味は保たれています」

きちんとした店が仕入先をかえるとなると、これは大きな評判になる。「なんかあったんとちゃうか?」と、どちらにとってもメリットはない。上記のような表現は、遠回しの感謝のあらわれでもあろうけど、しかしその一方で、「どうかわれわれの顔をつぶさないでもらいたい。われわれも恥をかかせたりはしない」、そういうことも併せて言っているのだろうと思う。表面上の原価と効率だけでは計れない部分である。

世界が平板化し、つられて日本も平板化する現在だが、このような厳しさがあり、しかしどこかお人よしのところがひょこっと残っていたりする祇園という町は、かんじがらめだけではない。このような批評精神にも似たうるささが生きている限りは、なかなか創造的な場所である。

かように祇園町は、特異に分化したところである。平たくいってガラパゴス化しているわけだが、このガラパゴス化も突き詰めて極めると面白いことが起こる。

この講演では話されなかったけれど、松井さんのお父さんは、スティーブ・ジョブズ氏と親交があった。当の松井今朝子さんご自身も、父の起こしたお店を託す方を、家族相談の上で決めた後に、こう言って説得されたそうだ。

「あなたは、日本中、どこに店を出してもやっていける方だけど、祇園なら世界を相手にできる」

 2015/10/9
 若井 朝彦(書籍編集)

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編集部より:今回から京都在住の書籍編集者、若井朝彦さんが執筆陣に加わりました。東京目線とは一味もふた味も違う、上方文化の香り漂うエントリーにご期待ください。