南京事件は「大虐殺」だったのか


国連の世界記憶遺産に「南京大虐殺」が登録されたことに対して日本政府が抗議し、自民党はユネスコへの拠出金の凍結を検討し始めた。問題の文書は今の段階ではユネスコのウェブサイトで公開されていないが、“Nanjing Massacre”という項目は登録されている。その内容は、新華社によると、次のようなものだ。

『南京大屠殺檔案』は次の三つの部分からなる。第一部分は大虐殺事件に関する文書(1937年至1938年)、第二部分は中華民国政府軍事裁判所が戦後行った戦犯に対する調査と裁判に関する文書(1945年至1947年)、第三部分は中華人民共和国司法機関の文書(1952年至1956年)。

特に問題なのは南京軍事裁判の判決で、「被害者総数は三〇万人以上に達する」と書かれている。これが中国政府の公式見解だが、当時の南京市の人口が20~25万人だったと推定されることからも、明らかに過大な数字で、秦郁彦氏は「最大限で4万人」と推定している。

これに対して日本では「南京大虐殺はなかった」という人々がいて、誤解をまねいている。これは「大虐殺」はなかったという意味で、1人も殺さなかったという意味ではないが、中国側は全面否定と受け取り、不毛な論争が続いてきた。

虐殺という言葉は兵士が戦うときには使わないので、民間人を殺したという意味だろうが、4万人を「大虐殺」と呼ぶかどうかは主観的な問題だ。しかし日本軍が南京に入城しなかったら起こらなかった事件なので、国際法上の侵略であることは争えない。中支那方面軍司令官だった松井石根も「虐殺」は否定したが、混乱の責任は認めた。

意図的な民間人の殺害という意味では重慶爆撃のほうが明白だが、いずれにせよ日本軍が南京や重慶で多数の民間人を殺害したことは否定できない。それを中国が「南京大屠殺」と呼ぶのも彼らの自由だが、国連が「30万人」という虚偽の数字を認知するのはよくない。日本政府は、少なくとも南京軍事裁判の判決書は削除させるべきだ。