イスラム指導者「新兵誓約式」に演説 --- 長谷川 良

今月26日はオーストリアの建国記念日(ナショナル・デー)だ。アルプスの小国オーストリアはローマ・カトリック教国だ。教会から脱会する者が年々増えてきたが、国民の約6割は依然信者だ。そのナショナルデーの26日には毎年、ウィーンの英雄広場で連邦国軍の新兵忠誠誓約式が挙行されるが、今年はイスラム教指導者(イマーム)のSijamhodzic氏が参加し、演説する予定だ。オーストリア通信(APA)が19日、報じた。

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▲イスラム教徒の兵士が増えたオーストリア連邦軍(オーストリア連邦国防省提供)

建国記念日の新兵忠誠誓約式にイスラム教指導者が参加するのは今回初めて。新兵の中にイスラム教徒が増えてきたからだ。連邦軍には約800人のイスラム教徒がいる。ウィーン市では5人に1人の兵士がイスラム教徒だ。将校レベルにも数人のイスラム教徒が含まれるという。

オーストリアの国軍は陸軍と空軍を編成している。同国で2013年1月20日、現徴兵制の堅持か、職業軍の創設かを問う国民投票が実施され、徴兵制維持派が約59・8%と過半数を獲得し、職業軍の導入案は約40・2%に留まった。その結果、今後も引き続き、徴兵制が維持されることになった。同国は国連平和維持活動には積極的に取り組んできた(「国民投票で判明した『国防』の欠如」2013年1月22日参考)。

ところで、国軍の忠誠誓約式では新兵は国家への忠誠を誓うが、イスラム教の教えを信奉する兵士にとって「国家(オーストリア)かアラーか」の選択を強いることになる。
それに対し、ボスニア出身のイマームは、「国の法を守ることは全ての国民の義務だ。イスラム教徒でも同様だ。人権尊重はコーランや預言書にも明記されている。民主主義の国体とイスラム教徒の生活様式とは一致できる。生命の尊重、公平と平等、宗教の自由、報道、言論の自由でも問題は全くない」と、APA通信のインタビューの中で強調している。

敬虔なイスラム教徒の兵士の中には、ハラールに処置された食事(イスラム法で合法と認められた食事)しかとらない者もいるが、国軍側はイスラム教徒の兵士の食事事情に配慮している。それだけではない。髭をそらないこと、宗教祝日も認めているという。イマームによれば、「私が知っている限りでは国軍の中には過激なイスラム教徒はいない」という。

ちなみに、ボスニア紛争を体験し、2004年にオーストリアに移住したイマームは殺到する難民・移民に対して、「紛争から逃げてきた難民に対して人道的観点から対応してほしい。戦争は人間が体験する最悪のことだ」と述べ、難民・移民がイスラム教徒という理由で受け入れを拒否しないでほしいと語っている。

なお、建国記念日の国軍新兵誓約式にイスラム教指導者が演説することに、「イスラム教の台頭を象徴的に示す出来事だ。キリスト教国家としては喜ぶべきことではない」といった声が聞かれる。
建国記念日でイマームが演説する英雄広場(Heldenplatz)はナチス・ドイツの独裁者ヒトラーが約20万人のウィーン市民の前に、凱旋演説をした場所だ。その英雄広場の歴史に、イスラム教のイマームが建国記念日に初めて演説した場所という内容が新たに加わることになるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年10月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。