日本経済新聞記者時代、取材先の中堅家電量販店社長が、ある中年女性のパートタイマーの活用法について、こんな話をしたことがある。
「この女性は家電製品の機能や使い方についてなかなか修得できない。お客の質問にもあまり答えられず、接客もお世辞にも上手とは言えなかった。店員同士のきめ細かい連絡も忘れがちで、ポカが多い。通常ならクビなのだが、1つだけ良い点があった。売れた商品の梱包をやらせると丁寧で、包装は抜群に綺麗。安心して任せられた。そこを活かして長期間働いてもらった。本人も喜んでいた。人間だれしも長所がある。それをどう活用するかが、経営ですよね」
この会社は中堅ながら、売上高営業利益率は業界でも屈指、ほとんど無借金経営だった。従業員の満足度が高く、士気を向上させる人事・労務政策に長けているからだ。何よりもまじめに働いていれば、たとえ給与は低くとも長く働いていられる点が従業員に安心感を与えていた。
9月末に施行された改正派遣労働法の評判が悪いが、最大の理由は、この安心感の欠如、雇用不安にあると思われる。派遣社員は3年たつと正社員にしなければいけないという制度に改正(改悪)されたからだ。
正社員にしたくない企業は当然、3年でクビにする。しかもソフト開発、通訳など、これまでは期限を切らずにずっと派遣で働ける「専門26業務」も派遣社員であるかぎり同じ職場で働ける期間が3年までに制限されることになった。
なぜそんなバカなことをするのか。池田信夫氏がしばしば指摘してきたように、厚生労働省の改正派遣法の狙いが正社員の維持、増大にあるからだ。大企業の労働組合も自らの特権である「正社員の城」を守り、派遣社員の侵食を防ごうと同法の成立を後押ししてきた。
しかし、労働者の最大の願いはたとえ給与が低く、正社員ではなくとも長期間、雇用が安定することにあるだろう。安心感を基盤に徐々に高度な技術やノウハウを身に着け、給与の上昇を確保することにある。その喜びを与えるのが経営であり、それを支えるのが行政だろう。
改正派遣法はその願いの実現に逆行している。
もちろん長期雇用が期待できなくとも、働く場がたくさんあればいい。また、失業者のために失業手当を充実させ、多様な熟練労働を修得できる場をたくさん用意する行政も必要だろう。また、若いうちはいろいろな職業を味わいと考える人も少なくない。中年以降に「第2の人生を」と望むのも大いに結構だ。
しかし、技術やノウハウを身につけながら同じ仕事を長く続けたいと思う労働者の方が圧倒的に多いのではなかろうか。転石苔を生ぜず。長期雇用こそ人を活かす経営、支える行政の本道だと思われる。