この本は小説仕立てだが、登場人物はほとんど実在しており概ね史実に沿っている。最近公表された日米の資料を渉猟しているので非常に知的スリルに富む。
昭和15年暮、日米民間人により始められた日米交渉は実はアメリカを参戦させたいチャーチルの意を受けたMI6のワイズマンの暗躍による。
最初日本に有利な条件を提示して交渉に誘い込み(日米了解案)、アメリカの戦時体制が整う時期を待って、一気に交渉のハードルを上げ、日本に自暴自棄的戦争を始めさせるというのがこの謀略の骨子である。
重要な登場人物であるドラウト神父に最もシンパシーを感じた。彼はワイズマンと共にナチスの猛攻から大英帝国を守るにはアメリカを参戦させる必要がある、日米が開戦すれば三国同盟により自動的にアメリカはドイツと戦うことになり、ナチスの英国攻撃を頓挫させることができるとするシナリオライターの一人。
ただドラウトは日本側当事者の井川忠雄、岩畔豪雄(いわくろたけお)と交渉する中で、日米戦を回避しようとする彼らの衷情に打たれる。独ソ戦が勃発しアメリカがソ連を全面的に支援する体制が整うと、「これで英国の崩壊はなくなったのだから、これ以上日米が戦う必要はないのでないか」と考えるに至る。それは宗教家としての良心にも叶う。
だがルーズベルトが日米戦を欲したのは、ヨーロッパ戦線に参加しナチスドイツを打倒するための方便としてだけではなかった。東アジアで傍若無人の振る舞いをする日本に鉄槌に下し中国を救うためでもあった。
従ってドラウト神父の願いは無視され、チームからも外される。ドラウトは最後に捨て身の行動に走る。三井物産社員を偽装した陸軍軍人の天城康介に、アメリカ側の真意を暴露しアメリカの挑発に乗るなと懇請する。
「ウェルカム・トゥ・パールハーバー」は「日本はよくぞやってくれた、ありがたい。これで英国は救われた」という意味。作中ワイズマンのセリフ。
主人公と副主人公である江崎泰平と天城康介は架空の人物
当時のアメリカ有数の投資銀行クーンレープ商会のストラウスとワイズマンがこの謀略の中心人物。クーンレープ商会と言えば日露戦争時、日本国債を買い日本の戦費調達を助け間接的に日本の勝利に貢献した。ところがそれから35年後、日本を滅ぼす謀略に加担することになる。2008年に破綻したリーマン・ブラザーズはクーンレープ商会の後身でもある。
日本ソ連のニ重スパイ「エコノミスト」は実在の外務官僚天羽英二とみられるが、この本ではなぜか実名は一度も出てこない。遺族からの名誉毀損訴訟をおそれたのだろうか。
青木亮
英語中国語翻訳者