売ることによるリスク管理の限界

そもそも、投資において、もっとも簡単な、しかも、もっとも基本的なリスク管理は、危険を感じたら、即時に売却することである。要は、売ることによるリスク管理である。


このリスク管理手法では、全ての投資対象の売却可能性が前提になっている。売却できないときは、リスク管理が機能しない。その意味で、資産の売却可能性、即ち、流動性は、決定的に重要なのであって、売却可能性の限界が、リスク管理の限界を規定するのである。

では、流動性とは何か。実のところ、価格を問題としない限り、売れるまでの時間を問題としない限り、世の中に売れないような投資対象はない。ただ同然なら、また長い時間をかければ、何でも売れるのである。しかし、そのような意味での売却可能性では、リスク管理としては、用をなさない。

故に、流動性とは、妥当な価格で、即時に売約できることである。ここに、リスク管理における流動性の限界があるのだ。

債券でも株式でも、投資対象の属性は、安定的ではない。即ち、価値は変動し得る。問題は、価値の毀損が見込まれるときである。ところが、価値の毀損の可能性を論じるためには、価値が合理的・科学的に判断・評価・測定できることが前提になっている。

価値の評価ができる限りは、毀損を前提にしたうえでの評価が可能であり、価格はつき得る。だから、妥当な価格で、即時に売れる。しかし、価値判断ができない状況においては、価格を付けようがないから、妥当な価格では売れない。つまり、流動性がなくなってしまうのである。

では、価値判断ができない状況とは何か。それは、大きな市場の混乱、あるいは危機と呼ばれるような状況である。

さて、ここに、根本的な矛盾のあることがわかる。そもそも、危機においてこそ、価値の毀損の可能性が高くなるのだから、売却によるリスク管理を発動させなければならないのである。ところが、そのときには、多くの場合、流動性がないのである。

危機において、一種のパニックによって、売却を強行すれば、極端に低い価格での売却になる。しかも、この取引価格は、事実としての重みをもつ。市場の大暴落であり、危機の深化である。つまり、売ることによるリスク管理は危機において機能せず、逆に、危機を加速させるのである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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