このブログは本業の研究ではなくMOT(技術経営)について書くことにしているため、東芝の不適切会計問題について書くことが多い一年でした。
一方、本業である研究者・技術者としては、自分のことを「設計者(デザイナー)」だと思っています。英語で表現すると「Circuit Designer」。
つまり、①新しいアイデアを生み出し、②アイデアを電子回路やソフトの形で実装し、③新しい製品やサービスを提供することで、社会に役に立つイノベーションを生み出すことが、社会における自分の役割だと考えています。
大学院(修士)を卒業して働き始めてから20年余りになりますが、このイノベーションのプロセスの中でも「①ゼロから新しいアイデアを生み出すこと」が自分の最も得意とする部分であり、社会の中で負うべき役割だと考えてきました。
企業にいた時には228件の特許を取得し、大学に移ってからは論文をそれなりに書いてきました。
ただアイデアを生み出す中で実は負い目、コンプレックスのようなものがありました。
新技術を生み出すにはニーズ先行(応用先から考える)か、シーズ先行(要素技術から考える)かという議論があります。私の場合はほとんどの場合はシーズ先行なのです。
オフィスで仕事をしている最中に新しいアイデアを思いつくことはほとんどありません。
自宅・外出先などで、ぼーーっとしながら「何か面白いことないかな」と考えていると、ある時にシーズとなる新しいアイデアを思いつくのです。
そして「シーズとして生み出されたアイデアが活かせるユースケースは何だろうか?」、「何かに使えないかな?」と考えることで、要素技術に過ぎなかったアイデアが実装・応用へと発展していきます。
アイデアがいつ生み出されるかは全く予想できません。
いわゆる「右脳的」にアイデアは出てくるので、発想する過程では計算などほとんどしませんし、せいぜい使うとしても道具は紙と鉛筆だけ。
もちろん、そのアイデアが本当に有効であるか、アイデアが生まれた後に計算などをして定量的に検証します。
ただ、そういった詳細な検討は、私の場合はあくまでもシーズとなるアイデアが生まれた後なのです。
こんな調子ですので、出てくるアイデアの内容もマチマチで、昨日考えたアイデアと今日考えたアイデアの応用先が全く違う、ということも珍しくありません。
その一方、私はMOT(技術経営)の重要性を強調し、「技術者が作りたいもの」ではなく、「社会(市場)が必要とするもの」を生み出さなければならない、と日頃から主張しています。
ニーズ志向の重要性を主張しながら、自分の場合は全然できていないのではないか、これで良いのか?、というのが社会に出てから20年余りずっと引っかかって来ました。
こうしたニーズとなるアイデア先行でイノベーションを生み出すのは特別なことではないらしい、ということを任天堂の故岩田社長とドワンゴの川上量生さんの対談を読んでわかりました。
「任天堂・岩田氏をゲストに送る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」最終回――経営とは「コトとヒト」の両方について考える「最適化ゲーム」」
スーパーマリオなど任天堂の大ヒットしたゲームや宮崎駿さんの映画を作る時は、ストーリーが先行してあるのではなく、「見せたいシーン」「面白い遊び」などのシーズをまず出して、それらをつなぐストーリーを後で考えていき、プロダクト・作品に落とし込んでいくそうです。
つなり、ネタ(アイデア)を出した時点では、それがどのような映画やゲームで使われるかは決まっていない。ストーリーは最初に作らないそうなのです。
これほどまでに完成度が高い作品・プロダクトがシーズ先行で生み出されたというのは驚きました。
対談から川上さんの発言を一部引用させて頂くと、
「物作り全般において,それが正しいやり方だと思うんですよね。
ドワンゴも,新しいサイトのデザイン案とか,新サービスの提案とかが,企画書とかで来るんですけども,本当につまらないのが多いわけですよ。つまらない確率が高過ぎてそれはなぜだろうって考えると,たぶん先に「表現したいもの」があるんじゃなくて,理屈で案を作ってるからだと思うんですよね。」
もちろん、全くニーズ・顧客を考えないでものを作ると的外れな製品を作り出してしまいます。
日本の電機メーカーは「消費者が欲しいものを作る」のではなく、「技術者が作りたいものを作る」と批判されがちです。3Dテレビなどは一時は大々的に売り出されていましたが、どこに行ってしまったのでしょうかね。
完全にニーズを無視したアイデア創出は論外です。
結局のところ、日々市場・顧客と真摯に向き合って過ごす中で生まれたアイデアを発展させることでイノベーションを引き起こす、というのが実情ではないでしょうか。
冷静に市場分析をしながら(左脳)アイデアを生み出す(右脳)ですかね。
私もこうしてブログなどで左脳を使ってMOT(技術経営)を語りながら、本業の研究では右脳を駆使してアイデアを生み出していきたいと思っています。
最後に岩田さんと一緒に仕事をされた方々が岩田さんを追悼して対談した下記の記事が最高に面白いです。長文ですが是非読んでみて下さい。
「【岩田 聡氏 追悼企画】岩田さんは最後の最後まで“問題解決”に取り組んだエンジニアだった。「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」特別編」
岩田さんの2つの記事からは多くの学びがありましたが、岩田さんのエンジニアとして、経営者としての凄みを感じるエピソードを引用させて頂きます。
「プログラムコードを書くのもメチャクチャ速くて正確なんですが,プロダクトの最終段階とかで“岩田さんが降臨”することも定番でしたね。プロジェクトが終わりに近づいて雲行きが怪しくなると,いつのまにか現れるんです(笑)。そして,コードをあの勢いで書き始めて,「で,次は?」みたいな感じで。当時,社内で動いていたプロジェクトのラスト1,2か月くらいは,岩田さんが張り付いて開発を終わらせるのが恒例でした。僕らは僕らで「社長にそれやらせるのはマズいよね」と,いかに岩田さんの力を借りずに作り上げられるかを,検討している感じでしたね。」
こんな凄い人が日本にも居たんだな、と改めて思いました。
日本の電機、半導体、ITは旗色が悪いですが、逆境こそがチャンスです。
頑張りましょう。
編集部より:この投稿は、竹内健・中央大理工学部教授の研究室ブログ「竹内研究室の日記」2015年12月31日の記事を転載させていただきました(冒頭の日付部分を一部改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「竹内研究室の日記」をご覧ください。