オオカミ少年とテロ警戒 --- 長谷川 良

欧州のメトロポールではクリスマスから新年にかけテロ情報が駆け巡り、一年でも最も活気溢れるシーズンがテロの恐怖に少々色あせてしまった。幸い、2日現在、予告されていたテロは起きず、クリスマス、大晦日(シルベスター)、新年明けも静かに過ぎていった。

先月、メディアに流れたテロ警戒情報の信頼度は不明だ。テロ対象に挙げられたオーストリア・ウィーン市の警察当局は「友邦国からの情報」と説明するだけで、詳細な情報は明らかにしていないからだ。

興味深い点は、そのテロ警戒の情報を得た都市の反応だ。ベルギーのブリュッセルは年末・年始の花火大会を中止したが、音楽の都ウィーンでは慣例のシルベスター祭りは開かれ、約60万人の市民がワルツにあわせダンスに興じた。また、世界の音楽ファンが注目するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサートも無事開かれたばかりだ。もちろん、コンサート会場の「楽友協会」周辺は重武装した警察隊が警戒態勢を敷いていた。華やかな服装でコンサートホールに入るゲストの姿と重武装の警察隊のコントラスは異常なほど目立った。

欧州では130人の犠牲者を出した昨年11月13日の「パリ同時テロ」以後、各地でテロ警告が発せられてきた。同月17日には独ハノーバー市で予定されていたサッカー親善試合、ドイツ対オランダ戦が開始直前、爆弾が仕掛けられた危険性がある、という外国治安情報筋からの警告を受け、キャンセ ルされた。

そして大晦日の先月31日には、「信頼できる筋からの情報」に基づき、独ミュンヘンの2つの主要駅周辺で複数のテロリストが自爆テロを計画しているというテロ警戒情報が明らかになった。駅周辺は急遽閉鎖された(幸い、これまでの処、何も生じていない)。

独「南ドイツ新聞」1日電子版が報じたところによると、ミュンヘンの2駅周辺自爆テロ情報は先月23日、ドイツ側に通達されたが、その段階ではまだ曖昧だったという。最終的情報は土壇場の先月31日夜7時45分、テロが実行される危険性が高いというフランス情報機関から届けられたという。

ところで、テロ警戒情報に対する国民の受け取り方が今後、重要となるだろう。テロ警戒に基づき、国民はイベントをキャンセルしたり、外出を控えるケースが増える。そして幸い、テロは起きなかった場合、テロ警戒情報が「オオカミが来る」と叫んで住民を困らせた羊飼いの少年のように受け取られる危険性が出てくるのだ。

テロが発生した直後、国民の一般生活の制限もやむをえない、という認識が国民の中に高まり、イベントがキャンセルされたとしても国民は甘受する。しかし、時間が経過し、新たなテロが発生しなかった場合、国民は次第にテロ警戒をシリアスに受けとらなくなる事態が考えられる。

羊飼いの少年は何度も「オオカミが来た」と嘘をいって住民を困らせた。しかし、オオカミが実際、羊を襲ってきた時、誰も助けに来なかったという寓話を思い出すのだ。
 
狡猾なテロリストなら意図的に偽情報を流し、西側情報機関にテロ警戒を出させる。彼らは国民がテロ警戒に白ける時までテロを実行せず、忍耐強く待っているかもしれないのだ。オオカミはテロリストなのだ。

ウィーンの国連治安担当職員が、「何も起きなかったことがわれわれの勲章であり、実績だ」と述べたことがあるが、多くの国民は「何も起きなかったこと」が即、治安関係者の勲章とは受け取らないだろう。その上、治安関係者はテロ警戒情報の出所について詳細に国民に説明できない事情があるから、なおさらだ。

テロ警戒に対する国民の信頼が揺らぐ時が最も危険だ。国民が治安関係者への信頼を失わないように、治安関係者は可能な限り情報を開示する一方、国民にテロ対策への連帯を求めるべきだろう。

蛇足だが、欧州の大国ドイツで大きなテロ事件が起きていないのは、国民が警察関係者への信頼を失っていない結果かもしれない。ドイツ国民が何を信頼しているかについて、独の市場調査機関GfKが2013年に調査したことがある。その結果、ドイツ人が最も信頼する機関(Institution)は警察で約81%、それに次いで司法65%、非政府機関(NGO)59%、公共行政機関58%、軍57%だった。ドイツでは警察への国民の信頼は非常に高いのだ。テロ対策にとって、それは重要な点だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年1月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。