難民問題は、EUを危機に陥れている。BBCによると、スウェーデンは8万人の難民を国外退去させることを決めた。デンマークでは難民の資産が没収され、ドイツでは難民による暴行事件が頻発し、犯罪者の強制送還を決めた。本書はネグリ=ハートの影響を受け、グローバルな市民権という立場から、難民問題を論じたものだ。
これまで膨大な難民をEUが受け入れてきたのは、彼らが中東を植民地化し、特にドイツはホロコーストで多くのユダヤ人を中東に送り込んで紛争の原因をつくった「原罪」があるからだが、それだけではない。『資本主義の正体』で私も論じたように、資本主義は難民や奴隷によって生まれたのだ。
資本主義の理想が完全移動の流動性だとすると、難民は理想的なノマドであり、カントの「世界市民権」の実現だ。彼らの移動をはばむ国境や主権国家こそ、近世から継承した時代遅れの概念だ――こう論じる著者の主張は、モダニティの極限を脱領土化に求めたドゥルーズ=ガタリを継承している。
フランスではムスリムとの紛争が激化しており、本書の対談でバリバールも、難民問題はグローバル化の負の側面を明らかにしたものだという。それは「ヨーロッパはキリスト教共同体であり、宗教を超えた普遍性を追求すると自壊する」というカール・シュミットの予言を突きつけているのだ。
当初EUは低賃金で働く難民を歓迎したが、今や彼らは災厄となった。ムスリムは決してキリスト教に同化せず、国家とは別の共同体を形成する。言語も通じない彼らを「多文化主義」で包摂するのはむずかしい。アメリカは1500万人の黒人奴隷という原罪を贖うのに200年以上かかった。そして次は東アジアで、大量の難民が発生する可能性がある。
本書は左翼の常套句が多く具体的な報告や提言がほとんどないが、近代国家の枠組では難民問題は解決できないという彼らの問題意識は正しい。