政界はつくづく非常識な世界
世界的な株安に続き、甘利経済再生相が現金の授受問題でつまずき辞任しました。安倍政権は株高がアベノミクスの成功のお陰だと誇大宣伝してきましたし、甘利氏は首相の片腕としてアベノミクスの演出家でした。大きな黒雲がふた筋、政権の先行きから目が離せなくなりました。
私が懸念するのは、甘利氏辞任をめぐり、首相の任命責任、甘利氏の説明責任、秘書に対する監督責任、さらに政治責任、法的責任など、責任という言葉が飛び交い、乱用されていることです。責任という言葉を唱えれば、問題があたかも解決したかのような幻想に浸っているのが政界です。
初めから抜け穴だらけの政治家取締法
政治資金規正法違反(虚偽記載)、あっせん利得処罰法違反(請託に対する権限の行使)など、法的責任を厳しく糾明しなければなりません。これに対し、新聞はすでに「法適用に高い壁」と解説しています。政治家が法律を成立させた時に、自分たちが罪を問われないよう抜け道を周到に用意しておいたというのが「高い壁」の意味ですね。「自分らの身を守るため始めから壁を高くしておいた」のです。政治家本人を追い詰めるのは難しいでしょう。もっとも300万円を私的流用した秘書については、横領罪を問えるかもしれません。
まず首相の任命責任から。甘利氏の辞任後、安倍首相は「任命責任は私にある。国民の皆様に深くお詫びする」と述べました。閣僚が不祥事で辞任するたびに、首相は「私に任命責任がある」と発言してきました。実に不思議な言葉です。一体、どのような責任をとるというのでしょうか。
実体のない任命責任は認める
任命責任という言葉には実体がないのです。どんな任命責任を具体的にとったのか、これまで聞いたことありません。「国民に謝ったことで責任は免除される」とは、まさか思っていないのでしょうね。野党もメディアもその問題を追及しようとしないはどうしたことか。民間企業で役員あたりが不祥事で辞任するケースが何件も起きたら、社長の退任は必至でしょう。少なくとも、報酬返上か減俸ものです。安倍さん、具体的な形で責任をとったら、逆に人気があがりますよ。どうですか。
次は秘書に対する監督責任です。甘利氏は「秘書はなぜ自分に相談、報告してくれなかったのか。忙しすぎて地元に目が向かなかったことが原因」などと、記者会見で語っています。この説明はまともに信じるわけにはいきません。「危ない案件は秘書に直接やらせる。政治家本人はタッチしない。不祥事が起きたら秘書に責任を押し付け、クビを切る仕組みにしてある」が、本当のところではないですか。事件後にあわてて口裏を合わせているのではないと思います。
監督責任とは監督しないことで責任回避
監督責任の問題では、危ない案件ほど日ごろから監督はしないことが問題なのです。小渕優子・元経産相の政治資金規正法違反事件(虚偽記載)で、元秘書に有罪判決がなされました。小渕氏は「自分は知らなかった」と述べました。実際に知らなかったのでしょう。その意味は、「発覚した場合に備え、知ろうとしないことにしてあるのだから、知るはずもない。だからウソはついていない」でしょうね。
説明責任はどう考えるのでしょうか。甘利氏は「政治家は結果責任であり、国民の信頼性の上にある」と、申しました。字義通り考えれば、これは議員辞職にまで結びつくはずです。今回の事件は経済閣僚として権限を行使したことに伴うものではないのですから、閣僚職だけを辞任するのは筋が通りません。そのことの説明責任を果たしていませんよね。
閣僚職だけ辞任という悪習
国会議員の身分は二重構造になっており、危なくなったら、閣僚ポストだけ捨てて反省したことにして勘弁してもらい、議員職は守るという仕組みです。民間企業で役員を退任させられたら、会社からの退職を意味しますね。閣僚としての職務で失格しただけなら、閣僚辞任だけで済ませても構いませんがね。
最後に、罪(あっせん利得)を犯したかもしれない建設会社側が、なぜ音声録音までして証拠をそろえ、週刊誌にネタを持ち込んだのですかね。この会社は都市再生機構から補償金2.3億円をもらっています。それでは不満だったのか、粘れば増額できると踏んだのか。よからぬ筋がかかわっているとも言われ、事件の解明はこれからなのでしょう。意外に闇が深いかしれません。そうだとしたら検察の出番ですよ。あちら側と組んでスクープした週刊誌の立場はどうなるのでしょうか。気になります。
中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社の社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。