なぜトランプは共和党候補者討論会を欠席したのか

渡瀬 裕哉

ドナルド・トランプ氏がアイオワ州党員集会直前のFOXのTV討論会を欠席

1月28日、ドナルド・トランプ氏がアイオワ州共和党党員集会直前のFOX主催のTV討論会を欠席しました。

欠席の公式理由としてFOXニュースのアナウンサーから不当な扱いを受けたことなどを挙げており、討論会場から僅か数キロの場所で同時刻に退役軍人のための非営利団体向けの集会を開催しました。

トランプ氏の欠席の理由を説明することを求められた場合、手堅く話すなら上記の経緯に触れた上で適当にトランプ氏の姿勢をディスっておけば良いでしょう。大方の大学の先生やシンクタンクの研究者の説明なら大体そんな感じで安牌ということになります。

しかし、それではトランプ氏の討論会欠席の説明にはなっても分析にはならないので、筆者は選挙戦略上の定石という観点からトランプ氏の真の意図を深堀していきたいと思います。トランプ氏の行動は突拍子もないものに見えますが、彼の行動は常に選挙戦略上の理にかなったものだからです。

現在のトランプ氏の支持率トップは薄氷の上のものでしかない、という事実

予備選挙初戦が予定されているアイオワ州でのトランプ氏の2位クルーズ氏との直近の支持率差は、1月31日現在の世論調査の数字で大よそ8ポイント以内という状況になっています。

この数字はトランプ氏がクルーズ氏に負ける可能性が十分にあることを示しています。アイオワ州は前回の2012年の予備選挙当時、トップを走っていたロムニー氏に対して2位サントラム氏が約7ポイントのビハインドを詰めて差し切った経緯があります。

アイオワ州は伝統的に徹底的な地域密着戦略が功を奏しやすい環境があり、クルーズ氏は年明けから同州での活動に積極的に注力してきました。また、彼を支えるキリスト教福音派もアイオワ州での集票に向けてフル稼働するものと考えられており、保守派の強烈なイデオローグであるグレン・ベック氏からクルーズ氏へのエンドースメントも大きなインパクトをもたらすでしょう。

それに対してトランプ氏は大味のメディア戦略を中心としたキャンペーンを展開しており、最終的な運動力の差でアイオワ州で逆転負け、その後トップランナーとしての地位を失う可能性すらあります。トランプ氏はメディアを牛耳る主流派と保守派を支える草の根団体からの支持が弱く、本来であれば同州内で綿密に展開するべき足を使った選挙戦を展開できていないように見えます。

実際、トランプ氏は支持率トップではありますが、非トランプの他候補者らのポイントを合計すると、トランプ氏の支持率を上回る状況にあります。現状の支持率トップはトランプ氏の巧みなメディア戦略によって支えられたものであり、選挙の足腰まで含めた陣営の底力を加味すると薄氷の上の優位でしかないと言えます。

トランプ氏の勝利は、トランプVSその他大勢、という構図を作ることで達成される

そこで、トランプ氏が打った奇策が「FOXのTV討論会欠席」という一手でした。選挙戦略における定石は、当選1名の選挙で複数の候補者が立った場合は「自分VSその他」という構図を作ることにあります。

自らが常に話題の中心となるように演出して、他の候補者を自らの存在を彩る脇役の地位に甘んじさせる、というやり方は極めて有効な戦術であり、日本国内の選挙でも良く見られる手法と言えるでしょう。

今回、トランプ氏は「討論会を欠席」した上で討論会場の間近で「自らの集会」を開いて見せることで、他の候補者がトランプ氏と同じ土俵に乗ることを拒否しました。その結果として各候補者は討論会で自らのPRを行う機会を得るとともに、出席した候補者同士が十分に互いを攻撃する機会を得ることが出来ました。

しかし、メディアの話題の中心はトランプ氏であり続けたことは間違いありません。他候補者を討論会上に置き去りにすることで、トランプ氏を頭一つ抜けた存在として視聴者に意識させつつ、他候補者を2位以下の候補者としてグルーピングすることに成功しました。

そして、案の定、討論会では2位のテッド・クルーズ氏と3位のマルコ・ルビオ氏が潰しあいを演じたこと、両氏ともに過去の自らの発言と現在の主張の整合性が問われる状況に陥ったことで、2位以下候補者の支持者の票はトランプ氏以外の候補者に広く分散したものと推測されます。

トランプ氏にとっては、トランプ氏に対抗できる2位候補者(現時点ではテッド・クルーズ氏)の支持率が減少することが最も望ましい成果であり、自分自身の不在というリスキーな選択肢を採用しつつも、選挙戦略上の目的を一定程度達成できたものと思われます。

トランプ氏のメディア戦略を通じた構図づくりの巧みさは目を見張るものがあり、既存の枠組みに捉われない圧倒的な存在感を発揮し続けています。

今後の展開を左右するアイオワ州・ニューハンプシャー州の結果に注目したい

濫立している共和党予備選挙の候補者が現在まで撤退しない理由は、ベン・カーソン氏の撤退待ち、をしているからでしょう。ベン・カーソン氏は一時は支持率トップになりましたが、保守派候補者の通例通りに主流派メディアのキャンペーンを食らって現在は支持率を大きく落としています。

残念ながら、ベン・カーソン氏が現在の位置から再浮上することは困難であり、彼が有する支持率(10ポイント弱)がいずれに候補者に流れるのか、ということは予備選挙の構図を左右する極めて重要なファクターになるでしょう。現在、トランプ氏、クルーズ氏、ルビオ氏の3者以外の泡沫化している候補者であっても、ベン・カーソン氏の撤退時の支持表明を受けることができれば、一気に2・3位争いの有力候補に浮上できるからです。

したがって、アイオワ州・ニューハンプシャー州の結果を受けて、誰がどのタイミングで撤退していくのか、そして撤退する候補者が誰を支持するのか、という点に今後は注目を絞っていきます。

共和党の大統領候補者を選ぶ予備選挙は佳境を迎えてきています。テッド・クルーズ氏もマルコ・ルビオ氏も十分に魅力的な候補者であり、彼らに対してトランプ氏のメディア戦略はどこまで通用し続けるのでしょうか。

アイオワ州の党員集会は各候補者が鎬を削るギリギリの戦いとなっており、米国の未来を左右する同州の投票結果の重要性が増しています。

渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)
早稲田大学公共政策研究所地域主権研究センター招聘研究員
東京茶会(Tokyo Tea Party)事務局長、一般社団法人Japan Conservative Union 理事
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