犬の数が人より多い社会に生きる --- 長谷川 良

イタリア国家統計局(ISTAT)によると、同国の昨年の合計特殊出生率(女性が一生涯に産む子どもの数。以下、出生率)が1.35と最低の水準に落ちたという。

イタリアのこの数字は欧州諸国のなかでも突出して低い。国家の人口減、国力の減少につながる深刻な社会問題だ。ちなみに、同国の昨年人口は前年比で17万9000人少なくなった。

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▲初老の男と小犬(2013年9月25日、イタリア北部ベルガモにて、撮影)

昨年も北・中央アフリカから多数の移民が入ってきたが、ベアトリス・ロレンツィン保健相は、「移民が増えたとしても少子化を防ぐことは出来ない。このまま人口が減少していけば、ホラー・シナリオだ」と指摘、家庭奨励に力を入れるべきだという。

人口を維持しよう とすれば、出生率は最低でも2.1が必要だから、イタリアの出生率は「危険水位」にあることが明らかだ。西暦2050年には現人口(2015年5560万人)が1000万以上減り、4600万人に縮小すると予測されているほどだ。

イタリアの若者の約60%はよりよい生活、労働条件を求めて海外に移民を希望する一方、90%は家庭を築き、2人以上の子供を育てたいと願っているというデータがある。イタリアでは家族は依然パワフルな機関と受け取られている。危機や問題が発生した場合、問題解決に最初に貢献するのは家庭だ、という意識だ。しかし、多くの若者はその家庭を築く為の経済・社会条件がないと感じ出しているわけだ。子供は贅沢品というわけだ。

当方は2001年、イタリアの少子化問題をテーマに現地取材したことがある。イタリアでは、男性より女性の大学進学率の方がはるかに高い。それも文学部など人文系ではなく、理工系を選ぶ女性が多い。職場は一時的な腰掛けではないわけだ。職場でのキャリアを重視する女性は少なくない

ローマ大学のギオバニ・スグリタ教授(社会学)は当時、「女性の雇用市場進出と、それに先駆けた女性の高学歴傾向が少子化の大きな原因となっている」と分析していた。

女性の雇用市場進出に呼応し、女性の晩婚化が急速に広がってきた。イタリアでは30歳後に初産を経験する女性が多い。同時に、婚姻件数も激減してきた。婚姻件数は年々下降傾向だ。イタリアの女性が結婚に消極的となってきたことがうかがえる。

イタリア北部ロンバルディア平原の都市、フェララでは出生率が0.8を記録したことがある。この国では、工業化が進む北部地域の出生率が農業中心の南部地域より一般的に低い。伝統的に家庭の絆が強かった南部地域でもここ十数年で少子化は着実に進んできた。南部地域の出生率は1.30から1.40の間を推移しており、スウェーデンより低い。

もちろん、政府もこの超少子化現象に対して無策でいるわけではない。さまざまな社会福祉政策を提案し、児童手当を含む家庭支援策を実施しているが、出生率をアップさせるまでには至っていない。スグリタ教授は当時、「国が児童手当をアップさせるなど、経済的支援を拡大したとしても残念ながら出生率の向上にはつながっていない」と主張、国の干渉については懐疑的だった。

15年前、当方は取材先で、「イタリア北部では、犬の数が子どもの数より多い市がある」と聞いたことがある。その市の名前は忘れてしまった。責任と経済的負担が伴う子どもの養育を放棄、いざとなればポイと捨てることができる犬を飼う家庭が多くなってきたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年2月24日の記事を転載させていただきました(編集部でタイトル改稿)。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。