電機大手のベアは1500円、トヨタが1500円、ホンダが1100円…。昨年に比べてほぼ半減したベアに失望感を持った方も多いのではないでしょうか?確かに14年、15年と比較的良好なベア回答が続いたこともあり、3年前に比べて給与水準は月1万円程度上昇するケースもあろうかと思います。経営側としてはこれ以上は厳しい、というのが本音なのでしょう。
もともとベア復活は安倍首相の肝いりで首相自身が大企業に直接語り掛け、経済団体にハッパをかけ大手が賃上げし、それが中小に波及し、労働者の賃金上昇を通じて景気を回復させるシナリオを一つの重要な施策としていました。
ベアの本質とは労働生産性向上に対する被雇用者への褒美的意味合いとインフレ率に対する調整機能とされています。日本では元来、後者であるインフレ率の観点の重みが大きかったと認識しています。なぜなら、インフレ率は国が発表する数値として非常に明白な数字をもって交渉に臨むことが出来ますが、前者である生産性向上は会社全体としては数値化しにくい部分があるからでしょう。例えばA部門では生産性が上がっても新規参入のB部門は生産性が上がらない場合や本部の生産性は変わらないといった具合でばらつきが出てしまうのです。その為、日本には業績に対してはボーナス制度で調整機能を持たせていることが特徴であります。
そうなると勢い、ベアはインフレ率に基づく調整機能になるのですが、低インフレ率が長期にわたる現代に於いてベアを出す正当な理由はなかなか存在し得なくなるのです。例えば狂乱物価だった1973年と74年の場合、インフレ率はそれぞれ年11.7%、23.2%となり、それに対して春闘でのベアは20%、33%となっています。ベアの方が高いのは将来の期待インフレ率が高いこともあったと思われます。
一方、2014年と15年のインフレ率は2.75%、0.73%でそれに対してベアはそれぞれ2.07%。2.20%であります。とすれば、2015年のベアはインフレ率に対して良すぎたとも言え、2016年はその反動が出たとも言えそうです。数字を見る限り春闘の回答額は昨年度の半額からそれ以下の回答となっていますが2016年度の期待インフレ率も1%以下でしょうからベアが昨年の半分になってもやむを得ないところにあります。
私もカナダの事業で一部の長期契約に基づくものはインフレ率変動条項をつけていて毎年、その金額をスライドさせるようにしてきたのですが、カナダでさえインフレ率は非常に低廉になってしまったため、このインフレ率変動条項を最近の契約更新からは徐々に撤廃しています。つまりインフレ率とベアの組み合わせそのものが過去のものとなりつつあるのではないでしょうか?
ところで企業の組合員は団交に期待を寄せているのですが、最近の組合は経営側にすり寄る形となっていますから敵対的関係にはなりません。そうするといつも不思議に思うのは何のために組合を結成し、組合費を払っているのか、という疑問です。多くの企業の組合費は月3000-5000円程度だと思いますが、春闘の妥結金額をみる限り組合費の方が高いことになり、組合の実質的意味はあまりありません。
組合の組成率も2014年で17.5%で中小企業では一けた台の下の方になっています。実質的意味合いに疑問符がついたということでしょうか?また、組合がなくても賃金を正しく査定する経営側が増えているのは経営側の「賃金搾取」はネットなどですぐに広まり、良質な従業員確保が出来なくなることが今や公然となったからでありましょう。
となれば、経営側が打ち出す春闘回答はまさに企業としてのできる限りの数字であり、それ以上望むなら労働環境の劇的変化が必要ということになります。首相が企業に賃上げを迫るという構図事態が非常におかしな訳でしたから安倍首相のベアに対する影響力もここまでという気がします。
インフレ率は2%には程遠く、日銀の政策も影を落としつつあります。更には消費税引き上げを巡る首相にとっては余計なハードルが待ちかまえており、逆境にあるようにみえます。ベアとはある意味、国民生活の底上げ的発想であります。言い換えれば1億総中流を作り上げる手段でもあったわけですが、今の時代にはマッチしなくなりました。給与をもっと増やすには付加価値の高いビジネスを創出するしかありません。そしてそのマーケットはインフレを受け止める余裕のある海外市場であると思います。私が海外でのビジネスを止められないのはそこにあるとも言い切ってよいといえるでしょう。
視点を変えていかないと堂々巡りの日本経済になってしまう気がいたします。
では今日はこのあたりで。
岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 3月18日付より