テロリストが「自爆」を恐れる時

長谷川 良

ベルギーで22日、ブリュッセルのザベンテム国際空港と地下鉄のマルベーク駅周辺で爆弾テロが行われ、31人が犠牲、270人以上が負傷したが、テロ実行犯人はフランスやベルギーの国籍を有するホームグロウン・テロリストたちだった。

ベルギーでは過去、500人のイスラム系移民がシリア、イラクでイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)のジハードに参戦し、帰国後は国内でテロネットワークを構築してきた。フランスで昨年11月「パリ同時テロ」が発生し、130人が犠牲となったが、テロ実行犯の多くはフランスの国籍を有するホームグロウン・テロリストだったことが判明している。

ベルギーでは18日、昨年11月のパリ同時テロ事件の主要テロリスト、サラ・アブデスラム容疑者(26)がブリュッセル郊外のモレンベーク地区で拘束されたが、彼もフランス国籍のホームグロウン・テロリストの1人だ。

ホームグロウン・テロリストが初めて注目されたのは、ロンドン同時爆破テロ事件(2005年7月)だ。そこで欧州に住む若いイスラム系青年たちがイスラム系テログループの予備軍となっている実態が明らかになった。

欧州居住イスラム教徒の大多数は世俗イスラム(ユーロ・イスラム、推定約1400万人)と呼ばれ、過激なイスラム主義に一定の距離を置いてきたが、国際テログループはインターネットなどを通じて激しい思想攻勢をかけている。ホームグロウン・テロリストはその成果だ。

イスラム過激派は自爆を恐れない。今回のブリュッセル連続テロ事件でもザベンテム空港と地下鉄マルベーク駅内で自爆テロが行われた。人間は死を恐れるが、自爆すら恐れないテロリストの出現は大きな衝撃を欧州社会に投げかけている。

ところで、以下は当方の推測だが、イスラム過激派の自爆テロリストに変化が見られ出したように思えるのだ。換言すれば、自爆を恐れ、テロ現場で自爆を放棄するテロリストが出てきたのではないか、という推測だ。

18日逮捕されたサラ・アブデスラム容疑者は昨年11月のパリ同時テロでは自爆する予定だったが、何らかの理由で自爆用バンドを現場に捨て、車でブリュッセルに行き、そこで潜伏してきた。

また、「ブリュッセル連続テロ」では国際空港で3人の自縛テロリストが空港のカウンター前に並んでいるのが監視カメラに映っていたが、その内、2人はその直後自爆したが、第3の容疑者は自爆をせずに行方をくらませている。一見、敵前逃亡のような形だ(空港内で自爆用爆弾が見つかり、ベルギー警察の爆弾処理担当が空港内で爆発させた)。

イスラム過激派は、自爆後、天国に行き、神の祝福を受ける。すなわち、自爆は天国に繋がる殉教と考えてきた。実際、パレスチナ紛争でもテロリストは自爆テロを繰り返してきた。その自爆テロリストが「パリ同時テロ」「ブリュッセル連続テロ」で自爆用バンドを捨て、去っていくテロリストが出てきたのだ。ただし、自爆テロを断念した、と受け取れる先述の2例は欧州を舞台としたホームグロウン・テロリストだ。シリアやイラク戦線下の自爆テロリストではない。

西側のホームグロウン・テロリストは西側社会で成長した。ジハード参戦前は西側文化で生きてきた若者たちだ。それが過激派にオルグされ、様々な理由からイスラム教過激派思想にはまっていったが、彼らにとって自爆テロは中東のジハードのテロリストたちより大きなハードルではないか、という推測が生まれてくるのだ(自爆テロリストは犯行直前に恐怖感を無くする“Captagon”(カプタゴン)と呼ばれ、一般ではフェネタリン(Fenethylin)という神経刺激薬を摂取するといわれている)。

自爆を恐れるのは自然で極めて人間的な反応だが、自爆テロを回避するテロリストの出現はISが主導するテロ戦略にも影響を与えるのは必至だ。その意味で、「ホームグロウン・テロリストと自爆テロ」の関係は慎重に検証すべきテーマだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年3月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。