イノベーションという言葉がしばしば使われるが、このカタカナ語の意味は人々に理解されているのだろうか。朝日新聞の記事データベースで「イノベーション」をキーワードに検索すると、「技術革新」しか使っていない記事もヒットすることに気づいた。つまり、朝日新聞はイノベーションと技術革新を同義語として扱っているわけだ。
ヒットした記事の一つが『恐竜と重なる原子力の未来』で、世界では安全な軽水炉などの研究開発が進んでおり、わが国もその方向に動くべきとして、「技術革新は起こりつつあるのだ。」と書いている。反原発を唱える朝日新聞では異例の主張(掲載日が4月1日なのが怪しい)だが、それはそれとして、これもイノベーションに関する記事として扱われていた。
鴻海によるシャープの買収でも、郭台銘会長が記者会見で語ったという「さらに100年、イノベーションを続けられるように全面的に支援する。」という言葉のイノベーションに、かっこ付きで(技術革新)と添えられていた。一方、毎日新聞は「シャープは技術重視のDNAがあり、イノベーションやディスプレー技術に強みがある。」と語ったとしているが、イノベーションとディスプレー技術を並置するのは、どういうわけだろう。
イノベーションという言葉は頻繁に使われるが、意味がわからないままだったり、技術革新という意味だったりしているわけだ。実は、イノベーションという言葉は法律によってきとんと定義されている。2008年制定の「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律」という長い名前の法律の第2条に次のようにある。
この法律において「イノベーションの創出」とは、新商品の開発又は生産、新役務の開発又は提供、商品の新たな生産又は販売の方式の導入、役務の新たな提供の方式の導入、新たな経営管理方法の導入等を通じて新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を創出することをいう。
この「経済社会の大きな変化を創出すること」がポイントで、単なる技術革新は排除される。シャープは液晶テレビの大型化という技術革新には成功したが、人々の視聴習慣がブラウン管時代と大きく変わったわけではないから、イノベーションではない。一方、郭台銘会長の発言は「経済社会に大きな変化を与える製品を100年間出し続けたい。」と解釈すべきだ。
『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』という書籍には、イノベーションの芽を摘んだ失敗例としてソニーのデジタル音楽プレイヤーが紹介されているそうだ。1990年代末にNapsterが音楽ファイルの共有を始めた際に、ソニーは複製防止機能の付いたCDを発売して対抗しようとし、一方、アップルはNapsterのアイデアを取り込んで合法的な音楽配信を開始した。音楽配信は人々の音楽の聴き方を変え、音楽産業にも大きな影響をもたらしたが、ソニーにはイノベーションから収益を得るチャンスをアップルに譲ってしまった。
シェアリングエコノミーや人工知能にはイノベーションの芽を感じるが、その多くを外国企業が推進していることが残念だ。アベノミクスにもイノベーションが謳われているが、経済社会を変革するイノベーションには企業の挑戦心とともに、挑戦を許容する制度が不可欠である。このことは、ICPFシンポジウムで議論する予定だ。
朝日新聞をはじめマスメディアには、イノベーションの意味を正しく理解して報道するように求めたい。単なる技術革新をイノベーションと言っている限りは、制度改革の必要性に目が向かないからだ。