IMFの指摘するマイナス金利の効果への疑問

久保田 博幸

IMFは「名目マイナス金利のプラス効果」と題するレポートを公表した。冒頭で「IMFは一部の中央銀行が実施したマイナス政策金利を支持しています」とコメントしている。

ECBをはじめとする欧州の一部の中央銀行と日本銀行が採用したマイナス金利政策について、各国でのこれまでの経緯、名目マイナス金利の実効性とその限界、および意図しなかった副作用を確認したのが今回のレポートの内容となる。

名目マイナス金利は非伝統的金融政策の最新の手段であり、金融緩和により、民間部門の支出を増加させ、物価を一層安定させることを目指し、小国開放経済にとって、その国の通貨の上昇圧力を低下させる一助となるとしている。

「量的緩和にはある程度限度があり、政策金利をマイナスにすることにより、短期金融市場の金利を一段と低下させ、イールドカーブをさらに引き下げ、ポートフォリオのリバランスを加速させる効果を狙うことにより、金融政策の効果を高めることができます」

たしか、日銀は量的緩和には限度がないとしているのだが。それはさておき、確かにイールドカーブは引き下げられたが、ポートフォリオのリバランスは加速してはいない用に思われる。

「今回新しい点は、マイナスなのが名目金利であることです。名目金利がマイナスになれば、金融政策の波及メカニズムも変化する可能性があります。一般預金金利の下方硬直性と非線形性の関係があるためです。一般預金金利はマイナス金利になりそうもありません。一般預金金利がマイナスならば預金者は現金保有に切り替える可能性があるためです。」

「貸出金利の低下幅は、一般預金の金利がゼロまたはそれ以上に固定されたため限定的となりました。個人客の預金に資金源をより多く依存する銀行は、そうでない銀行より貸出金利を引き下げられませんでした。貸出金利は大半の場合低下しましたが、企業向け市場と比べると、推移にはより大きな違いがありました。個人向け貸出金利の一部は上昇さえしました」

一般預金金利の下方硬直性とマイナス金利政策により、直接マイナスの影響を受けるのが金融機関となる。このため容易には貸出金利は引き下げられず、むしろ市場動向に関わらず個人向け貸出金利の一部が上昇するケースもみられた、との指摘となる。

「貸出量の観点からすると、確定的な結論を下すには時期尚早過ぎますが、例えばユーロ圏の与信の伸びは、マイナス金利の導入以来、高まったようです。」

このあたりが効果のひとつということであろうが、「時期尚早」とか「高まったようです」との表現が奥歯に物が挟まったような表現である。

「借り手の信用度の上昇、不良債権の減少、引当金の調達コストの低下、保有証券のキャピタルゲインなどにより、銀行は物価安定と成長を支援する政策からは恩恵を受けます。」

これはマイナス金利が企業業績を向上させて景気回復を促し、その結果、株価なども上昇し、物価も上昇するということが前提となっているが、そもそもマイナス金利が景気や物価を上向かせているとの前提で良いのであろうか。そうであるのであれば、4月の日銀の展望レポートをしっかりと確認したいところである。

「一部の銀行では手数料やコミッションなどのほかの収益源を引き上げることができました。多くの中央銀行が、民間銀行の中銀に預ける預金残高の一部について、マイナス金利の適用から外しました。いわゆる「階層」システムの採用で、預貸利鞘への潜在的な悪影響を軽減しようとしたものです。」

この表現は銀行の利ざや縮小が前提の表現になっているように思われる。それでも銀行は収益はあげられるとの言い訳のようにも見えるのだが。現在の日本の金融機関でも、マイナス金利の恩恵で収益をあげているところがどれだけあるのだろう。

「マイナス金利には限界があるかもしれません。どの程度までのマイナス金利にできるか、ということと、どのくらいの時間マイナス金利を適用できるかという両面からの限界です。」

これについてはいろいろと試算もあるかもしれないが、少なくとも日銀のマイナス金利はすでに限界を迎えているように思われる。それは数字上の問題以前に、このレポートでも指摘された下記の問題による。

「しかしこれらの物理的な限界より重要なことは、マイナス金利を使うには大きな政治経済的、社会的限界もあるとみられることです。預金金利がどんどんマイナスに向かえば、民衆は違った形の「増税」と感じるかもしれません。その結果、マイナス金利に対する世論の支持は弱まる可能性があります。」

3月のロイター企業調査によると、日銀が導入したマイナス金利政策を評価しない企業が全体の62%にのぼったそうである。

「銀行は個人向け預金金利をマイナスにすることに消極的であるか、或いはマイナスにはできないようです。銀行の純資金利鞘は圧縮されるでしょう。」

日銀の黒田総裁は、個人向け預金金利はマイナスにはならないとしているが、民間銀行はマイナスにはできないということを見越しての発言か。そうであれば、民間銀行にある程度の損は被れということになる。株式市場で銀行株が売られていたのは、当然ながらマイナス金利政策も要因となっていた。

「低金利またはマイナス金利が長く続くと、生命保険会社や年金基金、貯蓄機関の経営を悪化させるでしょう。低金利によって保険会社は保証したリターンを支払うのが困難になり、デュレーションにミスマッチが生じます。それによって最終的に生命保険会社の契約者の損失につながるでしょう。」

この点も重要な指摘である。物価を上げるためとしている政策でいっこうに物価は上がらなくても、我々はこのような見えないかたちで不利益を被っていることも認識する必要がある。

「名目マイナス金利の経験は限られていますが、われわれは暫定的に、総じてマイナス金利には追加的な金融刺激の効果があると考えます。市場金利は一部の銀行の貸出金利とともに低下しました。これは需要を増やし、価格の安定に役立つでしょう。」

すでにかなり低下していた貸出金利が多少さらに下がって、どのような効果が出るというのであろうか。5%が1%に下がるのと、0.5%が0.1%に下がるのでは同様以上の効果があるのであろうか。そもそもどのようなファンダメンタルズ、金融環境でも金利さえ下がれば、景気回復や物価の上昇に寄与するのか。このあたりは特に日本の事例をもう少し検証する必要があると思われる。

「金融政策は低成長やデフレ圧力に対処するために不可欠である一方、マイナス金利の幅や継続できる期間には限界がありそうだということを強調しておくことが重要と考えています。金融政策だけが政策ではないということです。」

金融政策は低成長やデフレ圧力に対処するために不可欠であるという前提もさておき、最後の下記の指摘はその通りだと思う。

「精緻な構造改革、成長を促す財政政策、金融セクターの体力を増強するプルーデンス政策などをはじめとするバランスの取れた強力な政策アプローチの一環でなければならない」

たしかに安倍政権も三本の矢を打ち出したが、果たしてどこに向かって放たれたのか。結局、金融政策に依存しすぎた結果が「マイナス政策金利」ではなかったのか。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。