タックスヘイブン(租税回避地)での取引実態を記した膨大な「パナマ文書」が暴露され、世界に大きな影響を与えている。同文書を分析した国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)によると、法律事務所「モサック・フォンセカ」が租税回避地に法人設立の業務を支援し、200カ国・地域以上に顧客を抱えているという。租税回避地では海外で得た収入は非課税であるから、マネーロンダリング(不法資金の洗浄)に利用されるケースが少なくない。
世界最大キリスト教会、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は5日、ゲストハウス「サンタ・マルタ」の朝拝の中で「パナマ文書」問題に言及し、「キリスト社会での調和はどのようでなければならないか」「何がその調和を破壊するか」をテーマで説教し、「金は調和を阻害する敵だ」と主張している。南米出身の法王にとっては、資本主義の危機はモラルの危機ということになる。だから、フランシスコ法王は、「キリスト教社会では全ての富は本来、共同の財産だ。調和とは、誰も貧困に苦しまず、全ての富を共有する状況だ」と説明し、資本主義社会の現状を批判している。
ところで、独週刊誌シュピーゲル最新号(4月9日号)には、スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク(slavoj Zizek)の興味深い記事「金融ポルノ」というコラムが掲載されていた。ジジエク氏は「パナマ文書」の教訓は、「資本主義は腐敗無しには機能しないことだ」と主張している。同氏は新著「新しい階級闘争、敗走とテロの本当の理由」を出している。
既に報道されているように、「パナマ文書」には ロシアのプーチン大統領から英国のキャメロン首相、イラン、北朝鮮、そして中国の習近平国家主席まで、世界の指導者やその親族関係者の名前が掲載されていたという。
ジジェク氏は「我々は兄弟だ」と皮肉に指摘している。クリミア戦争で対立するプーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領の名前が「パナマ文書」には掲載されている。クリミア半島の主権問題で激しく対立する両者だが、自身の資金の貯蓄方法では同じ、というわけだ。その意味で、スロベニア人哲学者は「兄弟たち」と呼んでいるわけだ。「パナマ文書」は、イデオロギーや国体の違い、キリスト教やイスラム教といった宗教の違いを超え、我々は結局は同じだということを端的に示している。
資本主義の暗躍世界で、貧富の格差が拡大し、富める者は政治権力を駆使し、その富を死守しようとする。フランシスコ法王は「資本主義の危機ではなく、モラルの危機だ」と主張する一方、ジジェク氏のように「新しい階級闘争が展開されている」と考える哲学者もいるわけだ。
自分の利益を守り、それを合理的なやり方で増やすこと事態は間違いでないかもしれない。オーストラリアのメルボルン出身哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)のように、利他的な言動が自身をより幸福にすると信じている人間は少数派に過ぎない。現実は、利己的な利益を追及する“兄弟たち”によって資本主義社会は運営されている。ジジエク氏は嘆息しながら、「『パナマ文書』の唯一のサプライズは同文書に何もサプライズがないという事実だ」と述べている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。