サウジ副皇太子が、ドーハ合意を止めた

FTは ”The unpredictable new voice of Saudi oil “ と題して掲題内容を詳細に伝えている(Apr18, 2016 6:32pm)。

FT記事によると、もう数時間で会議が始まるという4月17日(日)午前3時、モハマッド・ビン・サルマン副皇太子(以下、MBS)から代表団に電話が入り、「帰国せよ」との指令が出された。だが、前日の協議合意書の第一ドラフト(日曜日朝には他国代表団にも配られている)作成にも関与していた代表団は帰国せず、ドラフトの加筆正を要求して各国と協議した。「イランの参加なしには一切合意しない」ことがMBSの指示ゆえ、イランが欠席している状況の中での修正は困難で、結局は決裂してしまった。

この事実を踏まえFTは、スイスのコンサルタントの発言を引用する形で「サウジ石油政策の新しい想定外の声」と題して報じているのだ。

記事によると、サウジ代表団は、2月15日に最初の条件付き生産凍結合意を行ったロシア、ベネズエラおよびカタールの代表団とドラフト修正作業に相当の時間を割いたが、夜の8時過ぎになってとうとう合意なしでの会議終了となった。

なお、参加した国は世界全体の原油生産量が半分以上になる18カ国だった由(OPECからの参加はイランとリビア以外の11カ国だから、非OPECがロシアとメキシコを含め7カ国だったと思われる)。

「土曜日に合意していたことが、日曜日にひっくり返る。これは政治以外のなにものでもない」と、非湾岸の代表団のメンバーの一人は語っている。

ロシアのノバク石油相がサウジの態度は「unreasonable」と怒るのも無理はない。

ベネズエラのピノ石油相は「サウジ代表団はまったく権限を持っていないような印象だった」と述べている。

筆者は昨日の弊ブログで「外交的化粧を施した口当たりのいいコミュニケ」が発表されなかったのは意外だったと述べたのだが、背景にはこういうことがあったのか。なるほど。

18日(月)の原油市場は、思いのほか強靭だった。当初は数%下落したが、終値は0.5~0.6%くらいの下落程度にまで戻している。

クエートの石油労働者たちが給与などをめぐってストライキに入り、生産量が3分の1に落ちていることが直接の要因だが、ドーハ会議の結果がどうであれ、需給バランスが回復途上にある、リバランスが進行している、また大手国際石油による資本投資削減が将来的に供給不足を招くかもしれないという懸念がある、等々の基礎的要因(ファンダメンタルズ)は変わっていない、と投資家たちが判断しているからだと思われる。

だがこの記事が伝える内容は深刻だ。

サウジの石油政策は、王室が決めているが表面的には有能なテクノクラートが具体策を講じている、彼らの具体策は王室の基本政策に基づいている、と認識されていた。だからこそ、非王族のナイミ石油相が21年間もその地位にあり、対外的信用をかちえていたのだ。

サルマン国王の愛児であり、昨年4月末に就任した30歳の副皇太子MBSは、国防政策ならびに石油を含む経済政策全般の長として、脱石油を目指した国家改造プロジェクトも推進している。このMBSへの権限集中が、王室内の不和を呼ぶのではないかと筆者は懸念していた(2016年1月4日「新潮フォーサイト」への弊寄稿『2016年原油価格「サウジの国家体制不安」を注視せよ』参照)。

そのMBSが石油政策でも表面に出てしまった。

彼は先週「イランなしでは生産凍結に合意しない」、「すぐにでも1150万B/D(現在1020万B/Dの生産量)までの増産が可能だ」と発言している。

そして今回の「電話指示」だ。

この影響は、ナイミ石油相の退任と後任問題だけでは終わらないのではなかろうか。

イエメンおよびシリアで「代理戦争」を戦っている断交中のイランとの関係をどうするのかという外交課題が、石油政策に直結していることを世界に示してしまったのだ。

これまでテクノクラートを表面に出して安全弁役を担わしていたのだが、今回王室が前面に出てしまったことにより、石油政策をめぐるいかなる失政(if any)も王室の責任であることを顕にしてしまった。

カーテンの向こう側、サウジ王室内は大騒ぎになっているのではないだろうか?

サウジの石油政策はまったく読めなくなってしまった(unpredictable)。

石油がエネルギーの中心であり続けること、というこれまでの基本政策も、国防、外交の前には変更されることもあるのだろうか。

石油市場に新たな不安要因が出現した。しかも、巨大な不安要因だ。

ますます「サウジの国家体制不安」に注視が必要になった、いえるのではないだろうか。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年4月19日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。