“英国のSEALDs”は何を目指すのか(上)

小林 恭子


(Take Back the City」のウェブサイト)

(以下の記事は、ジャーナリスト/メディア・アクティビストの津田大介氏が発信するメルマガ「津田大介のメディアの現場」Vol 205に掲載された筆者記事の転載です。)

ロンドンを市民の手に取り戻す
(「Take Back the City」)
-5月5日の市長選に向けた草の根運動は成功するか?

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自分たちの手で政治を変えるーそんなことが果たして可能なのだろうか?

政治家になるのでもなければそんなことは無理だし、第一、お金がなければ選挙に立候補さえできない。普通の市民にはとても無理。・・・とあきらめてしまうのは早すぎる。

少なくとも、ロンドンのあるグループ、その名も「Take Back the City」=「都市を取り戻せ」はあきらめていない。選挙には必要と言われる巨額のお金がなくても、政党のバックアップがなくても、市民の声を拾い、自分たちが望む方向に政治を変えようとしている。

Take Back the Cityは、元々はロンドン北部の公立校で教える二人の教師の発案による。

「ロンドンは世界に誇れる、素晴らしい都市だ。しかし、ロンドン市民は自分たちの都市が超富裕層やその利益をかなえるための政治家に乗っ取られてしまったと感じている」(共同創立者ジェイコブ・マカジャー氏。地元ラジオ局の番組にて。2015年12月9日)。

ロンドンの住宅価格は高騰を続け、家賃も高い。その割に中低所得者の賃金は低く、「ロンドンは普通の人は住めない都市になってきた。中心部に住めるのは、一部の富裕層だけだ」とマカジャー氏。

共同創立者のもう一人、エド・ルイス氏はロンドン生まれ。大学を卒業後に一人暮らしを始めたものの、高騰する家賃を払えず、ロンドンを出ざるを得なくなった。両親もロンドンの外に出たという。

Take Back the Cityのウェブサイトによれば、ロンドンは「最も不平等な都市だ。富裕度でトップの10%が所有する資産は、最下位の10%の資産の273倍に達する」、「ロンドン市内の賃貸料は平均で月1500ポンド(1ポンド=155円計算で23-24万円)を超えている」。

二人とも、政治には幻滅していた。自分たちの声が全く反映されていないと感じたからだ。

どうやって政治を変えるのか?マカジャー氏は政党のやり方とは別の手法を取ろうと思ったという。それは「市民の声を聞いて、それを元にマニフェスト(選挙に向けた公約文書)を作ってゆく」やり方だ。

Take Back the Cityというグループでの活動は2015年からだが、2011年から、すでに二人は市民のための政治を実現するために、動き出していた。ボランティア組織、労組、コミュニティの集まり、教育機関などでワークショップを開き、政治が変われば何が変わるのか、政治に何を期待するかについて、参加者の声に耳を傾けてきた。

若者層向けには、夏休みを利用して政治を学ぶサマースクール「Demand the Impossible」(「不可能なことを要求しろ」)を開催した。こちらは15-25歳が対象で、昼食付きのイベントの参加費は無料だ。

現在までに、Take Back the Cityには100人ほどが賛同登録し、核になる40人が週に1度はミーティングを開き、今後の活動について議論をする。有給で働くのは事務・連絡係の一人だけだ。

これまでの活動は無料のボランティアや参加者の募金によって運営されてきたが、1月上旬、クラウンドファンディングを開始した。

当面の大きな目標は、5月5日のロンドン市長選と市議会選に候補者を送り込むことだ。

市長選は与党・保守党が推すザック・ゴールドスミス下院議員と野党・労働党のサディク・カーン下院議員の二人の有力候補の一騎打ちとなる見込み。

ゴールドスミス氏は富豪ゴールドスミス家の御曹司で、名門イートン校で学ぶ。高所得者を代表する人物だ。一方のカーン議員は労働者階級のパキスタン系英国人で、議員になる前は人権問題の弁護士だった。労働者階級を代表する人物という位置づけだ。

筆者が見るところでは、ロンドン市議選に当選者を出すことについては可能性が全くないとは言えないが、市長選で当選する可能性はどうだろうか。

Take Back the Cityが活動を維持し、熱心にマニフェストづくりを続けることができる理由は何か。何が参加者を政治運動に駆り立てるのか。

Take Back the Cityの参加者に会って、話を聞いてみた。

「社会を構成するみんなの声がここにある」


(左から、ラッセル氏、ソープ氏、ギチンガ氏)

ロンドン市内のカフェの一角で、Take Back the Cityの核になるメンバー3人から、それぞれの参加理由や体験談を聞いてみた。

大学院生のサイモン・ソープ氏、合唱を教えるアミナ・ギチンガ氏、大学進学準備中のカール・ラッセル氏、いずれも共通した答えとなった参加の理由が「ここが一番、自分にとってしっくりきたから」だった。

ソープ氏がTake Back the Cityのほかのメンバーと知り合ったのは、パレスチナの人権擁護についての運動をしていた時だったという。

「政治運動の市民グループにはいろいろ行ってみたが、その中心は決まって白人、ミドルクラス(中流階級=日本のいわゆる中流とは少し上の階級)、男性だった。ロンドンの人口構成を反映するよう、若者層や有色人種の取り込みに力を入れるTake Back the Cityは、他と違うと感じた」。

ちなみに、ソープ氏自身が白人男性で、言葉のアクセントや教育程度から察するとミドルクラスに属するようだった。しかし、同氏は多様な人種がかかわらない政治運動を不自然に思ってきたという。

ギチンガ氏は共同創立者マカジャー氏のかつての生徒の一人だった。もともと、ロンドン東部にあるシティ空港の拡大への反対運動に参加するなど、コミュニティ・レベルでの政治には関わっていたが、Take Back the Cityのワークショップに行き、やってきた人の顔ぶりの多様性を見て、「ここが自分のいるべき場所だ」と思ったという。同氏は褐色系の肌を持つ女性で、Take Back the Cityが推す、市長選の候補者の一人にもなっている。

ギチンガ氏は思い出深いワークショップについて話してくれた。ロンドンの旅行ガイドが参加者を市内のツアーに連れて行ったという。ギチンガ氏にとって、自分の住む町ではあっても知らなかったロンドンの歴史が見えてきた。

ツアーの後は、2012年の五輪が開かれたストラットフォードに足を伸ばし、階級差についてのミニ・ドラマを参加者全員で演じた。最後のしめくくりはショッピングセンターに入り、Take Back the Cityの存在をアピールする歌を歌い、行進した。「忘れられない体験となった」。

黒人男性のラッセル氏は一昨年の夏、政治を学ぶサマースクール「Demand the Impossible」に初めて参加した。共同創立者マカジャー氏やルイス氏はラッセル氏の高校時代の先生でもあった。サマースクールではロンドンがどのように運営されているか、問題がどう処理されているかを学んだ。

「中等教育では政治教育がなかった。Demand the Impossibleの存在は自分でネットで見つけた。母が政治学の修士号を持っていたので、政治の重要性については知っていた」(ラッセル氏)。Take Back the Cityのワークショップに行き、政治意識に火が付いたという。

「人生の大部分をロンドンで生きてきた。ロンドンの将来に自分も関わっていきたい」。

マカジャー氏やTake Back the Cityが目指すのは、普通の市民の声が反映された政治の実現だ。ここでの「普通の」とは、既存の政党が十分にその声を拾っていない人々、つまりは低所得者層、移民、有色人種、女性などを指している。「自分たちの言うことを、どうせ政治家は聞いてくれない」、「どうせ何を言っても無駄だ」とあきらめがちな人々だ。Take Back the Cityは社会の構成員全員が政治に参加することを目指している。

ソープ氏によると、政党の後ろ盾がなく、多様なロンドンの人口構成を反映しながら、草の根レベルで政治運動をはぐくむTake Back the Cityは「非常にユニークな存在だ」という。

筆者は有色人種、移民、女性、低・中所得というカテゴリーに入る。日本円で200円に相当するオレンジジュースを飲みながら、カフェで3人の顔を見て、話を聞いたときに、この3人が「ここなら、自分がいられる」と思った気持、「みんなで政治は変えられる」という信念が初めて理解できるように思った。

Take Back the Cityが目指すのは、普通の市民が生活し、子供を育てられるロンドンの実現だ。豪華なアパートが乱立するのではなく、適度な賃貸料で住める住居があるロンドン、人種及び文化の多様性を反映し、普通の市民のように考えることができる政治の代表者がいるロンドンだ。

組織には9つの原則がある。

>>(下)に続く