「スマート」ヘリコプターマネーが日本を救う

酒井 直樹

池田信夫さんが今週アップされた2つの良記事「ヘリコプターマネーは日本を救うか」「日本の財政は「余命5年」?」にインスパイアされて、書かせていただきます。

2016年4月17日のNHKスペシャル「老人漂流社会  団塊世代  しのび寄る“老後破産”」を見ました。「年金だけで、親の介護や、子の支援がままならず、貯蓄を切り崩して生活している世帯が多く、民間シンクタンクの分析によれば、年金だけで暮らす団塊世代の預金残高は、年間90万円ほど目減りし続けている。」恐らくNHKが意図したのではない所で、私は大変な衝撃を受けました。

そこでは、団塊世代の男性が、独身息子と高齢の母親の「3世代」の面倒を見られていたのですが、3人が3人別居していました。当然別居によって、生活費は膨れ上がります。まず家賃、次に光熱費、そして通信費、食費です。高齢の母親が老人ホームにいるのは仕方ないのですが、男性の住む埼玉から母親のいる横浜まで頻繁に行き来するので、交通費が1回5千円かかるそうです。財布は1つなのに3人が遠くに離れていれば、支出が嵩み、困窮するのは当然です。失礼ですが、非効率すぎます。東南アジアの国々では、貧しい親族が狭い部屋に身を寄せ合って暮らしていますし、かつての「三丁目の夕日」の時代の日本もそうでした。

また、別の日のNHKスペシャル 老人漂流社会 “老後破産”の現実でも衝撃を受けました。「高齢者が600万人に迫る勢いで急増している。その半数近く、およそ300万人が生活保護水準以下の年金収入で暮らしている。そうした中には、医療や介護といったサービスさえ切り詰めて暮らす高齢者も少なくない。貧しい暮らしを知られたくないと周囲に助けを求めずに孤立する高齢者も増えていて、支援が行き届きにくくなっている実態もある。いわば“老後破産”ともいえる厳しい現実を伝える。」

そこで出て来る年金暮らしの男性。奥様に先立たれ、近所からも孤立して暮らす。暮らしている場所は東京港区の確か家賃9万円くらいのアパート。どうして、地方の安い家賃の家に引っ越さないのでしょうか。地方なら2万円台の部屋はあるので、7万円は浮きます。別の女性は旦那さんに先立たれて東京青山の3LDKの公営賃貸団地で一人暮らし。足が悪くて、ベッドから水を飲みに大きな冷蔵庫のある台所への移動が大変で、生活の苦しさを嘆かれていらっしゃいました。でも、どうして小さい部屋に引っ越して、小さな冷蔵庫をベッド脇に置かれないのでしょうか。NHKの主張する「生活支援」よりも「生活の見直し支援」が必要だと思いました。

「老後破産」を防ぐには、NHKの暗に示唆する社会福祉の拡充による収入のかさ上げよりも、支出の無駄の削減が早道です。高齢者の方々はいろいろな経緯はあるのでしょうが、特に必然性もなく家族が遠くに別居したり、広い家に住んだりして無駄な支出をされています。でも「平常バイアス」がかかって、貯金が目減りする一方。そこに圧倒的に不足しているのは、より効率的で楽しく暮らすための情報とインセンティブです。情報弱者が経済弱者になるのです。

厚生労働省の国民生活基礎調査によれば以下のように、単身世帯、夫婦のみ世帯が増加しています。

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2010年国勢調査によれば、60代以上の一人暮らしは全国で約600万人、そのうち3分の1弱の175万人が東京・大阪・神奈川の都会に集中しています(下表)。60代以上100人あたりの一人暮らし比率も東京、大阪がだんとつでそれぞれ22.3%、20.54%です。地価・物価・生活費の高い都区部に独居老人が集中すれば、それは困窮します。これは6年前のデータですので、今はもっと深刻になっているでしょう。

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今、シェア経済とIoT化の潮流のなかで、AirB&Bなどの新しいサービスが生まれています。しかし、その利用者は比較的お金もある情報強者です。池田さんは言われます。

期限つきデビットカードを推薦したい。これは全国民に特別の口座を作らせ、そこに1年間のみ有効のデビットカード(電子マネー)を振り込む、マイナス金利の一種だ。

もっと簡単な方法としては、ツタヤなどのポイントカードに日銀が80万ポイントを入金してもいい。新たにポイントカードをつくる企業にも同じ条件で入金すれば、「Gポイント」カードでほとんどの買い物ができるようになる。

私も大賛成です。是非、「Gポイントカード」ではAirB&Bなどの情報アプリと併せて、「生活のムリ・ムダ・ムラ」をなくすための活動にポイントを厚めに付けていただきたいと思います。

例えば:

  • 広い持家に住む独居老人が、困窮する近所の若者を同居させたら、月1万ポイント付与。親族ならばさらにポイント2倍。
  • 家屋を保育園として解放したら月10万ポイント付与。自身も保育士の補助作業をしたらポイント2倍。
  • 都心で孤独に暮らす老人が、田舎の島のシェアハウスに移り住んだら、引っ越し代はポイントで無料、さらに月1万ポイント付与。その土地で水産物加工や農繁期の手伝いをしたらさらに月1万ポイント。

マイナンバーなどの情報インフラがこのような施策を可能にさせます。ただし留意いただきたいのは、役所にこうしたポイントシステムの設計をさせないこと。アプリの作成・運用はクラウドベースで行い、あくまでも民間ベンチャーに任せること。

社会福祉の実施責任主体は政府や地方公共団体ですが、彼らには企画・立案・遂行能力が決定的に欠如しています。また、「福祉ポータル」とかとんでもなく高価で使い勝手の悪いソフト箱もの投資に陥るのが目に見えています。「福祉サービスを使う側」の「ムリ・ムダ・ムラ」もそうですが、「福祉サービスを提供する側」の「ムリ・ムダ・ムラ」も大胆な改革が必要です。福祉サービスの民営化ではなく、福祉サービス企画・立案の民営化をすべきです。

生活保護の乱用や、資産家に手厚い年金を一律に支給矛盾などは、情報技術が発達して、IoT・シェア経済が浸透しつつある現代社会では簡単に克服可能です。

政府支出の多くを占める社会福祉費用、そこを切り込めれば日本の財政余命も引き延ばすことが可能です。荒唐無稽に思われるかもしれませんが、北欧とバルト海を挟んで隣接する人口130万人の小国、エストニアでは、国を挙げてe-Government(電子政府)の取り組みを進めていて、選挙から教育、医療、警察、居住権、会社の登記まで全てインターネットと一枚のカードでできてしまいます。

技術的には可能です。あとは政策立案者の覚悟次第です。

Nick Sakai  ブログ ツイッター

Tallinn, Estonia at the New City.

エストニアの首都 タリン