私がバンクーバーで行きつけにしているあるビア パブ。カウンターにずらっと並んだ生ビールのタップはざっと20数本。そしてメニューには常に新しいクラフトビールが登場しています。多分、売れ行きが芳しくないビールを止めて、新しい銘柄をどんどん取り入れているのでしょう。そんなこともあり、しばしば、新しいビールの能書きを見て「今日はこれにしてみよう」とワクワクする楽しみがあります。
また、この店はパイント サイズでビールを提供するのですが、それがイギリスパイントである568MLできちんと提供してくれるのです。ですので飲みごたえがあります。実は数年前、当地の新聞で「パイントビールのウソ」という調査記事があったのですが、確か、地元のパブ5-6軒のパイントビールの量を調べたところ見事にまちまちで1軒ぐらいしかまともなところはなかったという内容だった記憶があります。(日本でも中ジョッキのサイズが気になってしょうがないんです。あれは無法地帯ではないでしょうか?)
そんなバンクーバーも今やクラフトビールの大ブーム。かつては倉庫街やひなびたエリアに若者が好むようなデザイン的にも凝ったパブが次々オープンし、最近流行の長テーブル越しに皆でワイワイするシーンがどこでも見られるようになりました。
一方、ビール好きな私として絶対に許せなかったのが1994年に日本に登場した発泡酒であります。私に言わせればこれぞ「ビール会社が生み出したビール会社がドツボにはまるための日本のデフレを象徴する最悪のビール類」であります。
2002年頃だったと思いますが、私は親会社の倒産で銀行団の人たちとしばらく仕事をしていた経緯があります。その日本を代表する銀行出身の某氏と食事に出掛けた際、「銀行員だったからこそ掴まされたバブルまみれの高額物件のローンの返済で家計は火の車。だから家では発泡酒しか飲ませてもらえず、ランチは500円まで。極たまに外に飲みに行った時に味わえる本当のビールは本当にうれしい」としみじみ語る彼に一流銀行のプライドのかけらも見出すことが出来ませんでした。
日本のビール会社はこれらローン返済で苦しむサラリーマンの為に百数十円程度のコーラ感覚で買えるビールらしきものを競って販売しました。一旦この価格で慣れた人たちは250円のビールがあまりにも高価なものに映り、ご主人の為に買う奥様の買い物かごにはこの差額があれば食材がもう一つ買える、という習慣を植え付けてしまったのであります。
言うまでもなく、日本のビール会社はビール会社のプライドを捨て、価格勝負に挑み、売り上げ増進のため、4社が血みどろの戦いをする勝者なき争いを延々と繰り広げてしまいました。その間、世界のビール市場は弱肉強食の買収合戦を通じてアンハイザー ブッシュ インベブとSABミラーの二社で世界ビール市場の30%を制覇、一方の日本は4社合わせて4.8%しかないそうです。
では日本勢は手をこまねいていたのか、といえばそうでもありません。日経ビジネスによるとキリンの場合、98年ごろから歴代社長主導で海外企業のM&Aを進めてきました。その間、5人の社長が9社の企業買収をしています。私が感じたのは同社は歴代、社長の使命として在任中に1-2社の海外企業買収をしなければならないという雰囲気が出ていたのではないかと感じています。
記事によるとその中でも最大の失敗の一つがブラジルのスキンカリオール社の3000億円の買収だったとされます。買収時のシェア15%は4年で11%に下がり、ランクは一つ下がって3位。減損処理で15年12月期に1140億円。これって何なんでしょうか?何を間違ってしまったのでしょうか?
私は記事に書いていないある面を捉えています。それはうまいビールを飲ませることを忘れた会社が世界市場を制覇することはできない、ということであります。
ビール好きならばビールを飲みたいから仕事をするようなものです。北米の金曜日、パブは多くの人でにぎわいますが、それはその時に一週間の仕事をした褒美にうまいビールを飲む楽しみがあるからではなかったでしょうか?それゆえ、地元でもクラフトビールが続々誕生していますが、まず市場にビールの味を理解する人が多くいること、その人たちの厳しい目で新しく生まれてくるクラフトビールに辛口コメントで生産者のレベルアップを図らせているウィンウィンのサイクルがあるように思えます。
ワインも同様で辛口批評者達が品質を上げ、良いものを厳選する仕組みが出来ています。ところが日本の場合はビール会社と店が繋がっているため、飲食店でのビールの選択肢は4社のうち原則一つであります。つまり、顧客に選ばせない仕組みをつくらせた段階でビール会社の切磋琢磨する姿勢を放棄したともいえます。
あるビール会社は不動産収入で成り立っているとも揶揄されます。これぞ正に「デフレが招いたニッポン敗戦、ビールの巻」であります。
スーパーのビール売り場に行っても日本的なネーミングはすごいけれど結局中身が何なのか分かりません。ピルスナーのような気がしますが。エールはないのか、IPAが飲みたくてもどこにあるのか分からないというビール好きからしたら情けない状況にある国内市場に抜本的対策を早くしないと日本からビール会社が消えるかもしれないという危惧すら感じるのであります。
では今日はこのぐらいで。
岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 5月5日付より