日本のサヨク界隈にはいまだに日米安保を敵視する向きが多いが、現実は「集団的自衛権は是か非か」などという話より2周ぐらい先に進んでいる。本書は経産省の通商政策局長としてTPPの指揮にあたった著者が、これを単なる貿易協定ではなく新たな日米経済同盟として位置づけるものだ。
TPPの交渉が5年半もかかったのは、その目的が単なる関税率だけではなく、21世紀の世界経済のルールを決める交渉だったからだ。特に太平洋の覇権をめぐって、中国はAIIBなどによって西半分を支配しようとしているが、それを許さないことがTPPの最大の目的だった。
具体的には、投資や為替管理の自由化、国営企業による不公正貿易の阻止、知的財産権などの国際標準化が目的だった。このうち日本では知的財産権の一部だけが騒がれたが、これはマイナーな問題にすぎない。重要なのは、中国にルールを書かせないで日米が書くということだ。世界のGDPの4割をしめるTPP加盟国が決めたルールは、デファクト・スタンダードになるからだ。
ただし、その目的が十全に実現したかどうかはあやしい。アメリカは国内対立を交渉に持ち込み、交渉を長期化させた。次期大統領として有力視されるヒラリー・クリントンは「TPPを支持しない」と公言している。これは選挙中のリップサービスだろうが、大統領には拒否権があるので、何が起るかわからない。
大事なことは、日米の軍事同盟を経済同盟に拡張して太平洋の「米中分割支配」を防ぎ、日本を「開かれた経済」にすることだ。この点で日本は甘利氏が各国の調整役として重要な役割を果たした、と著者は自賛しているが、それが日本経済の回復に役立つかどうかは、これからの民間企業の問題だ。
著者は言及していないが、日本企業は持ち合いの上に買収防衛策をつくり、資本市場がきわめて閉鎖的だ。このため対外直接投資(M&A)に対して対内直接投資は1割ぐらいしかなく、2015年はマイナス(撤退超過)だった。こうした「非公式の投資障壁」を撤廃しないと、日本は本当の意味で開かれた経済にはならないだろう。