金正恩氏の野望

金正恩氏の朝鮮労働党大会での演説の解釈を巡ってジャーナリストが頭をひねっているようです。「責任ある核保有国」の言葉の意味にとらわれると分かり難くなる気がします。個人的にはもっと単純明快な気がします。

正恩氏はアメリカを心の底の一部では羨ましい国だと思っています。その表れがバスケット、特にNBA選手に対する憧れでデニスロッドマンを北朝鮮に招いたりしたこともありました。また、アメリカロック界のジミーヘンドリックスやドアーズが好きだというのですが、これは正恩氏と彼らの活躍した時期の年代が合いません。とすればアメリカの音楽をいろいろ聴いた中でこれらの音楽を拾い上げたとも言え、好きだからこそ出てきたアメリカ音楽界の大御所の名前とも言えます。

また、スイス留学時もそうですが、それ以上に彼の母親は大阪にいた在日朝鮮人ですから西洋化の進む日本や世界の話も当然聞かされていたと思われます。つまり、マインド的には西欧文化をかなり吸収しており、北朝鮮の実態とのギャップは実感として理解しています。

その中で彼は北朝鮮の特殊な地位で別のインプットも行われてきました。その一つが朝鮮半島の支配でありましょう。朝鮮戦争が今だ休戦状態であるということは勝敗がついていないことを意味し、北朝鮮が朝鮮半島における勝者であることをどこかで見せつけたいと思っています。

その為にはアメリカに「なるほど」と言わせたい示威が必要で、ロケットを次々と飛ばして気を引くのはその一例だと思います。例えは悪いのですが、小学生の男の子が好きな女の子にいたずらして気を引くのと同じレベルでしょう。つまり、アメリカと戦争など毛頭考えていません。直接的相手は韓国以外にありません。

では、なぜ、核保有国という宣言をしたかったのでしょうか?金日成時代には体制を全面的にサポートしたソ連がいました。父の金正日は中国と蜜月になりにそのバックアップがありました。ところが正恩氏の時代にはソ連はなく、父が作り上げた中国との関係も壊してしまい、孤独になってしまいました。その為にソ連、中国と同様の力を発揮できるのは核しかない、と考えた節があります。

その核の所有宣言することでアメリカが北朝鮮と対等ディールする夢を見ているというのが私の解釈です。言い換えれば北朝鮮は朝鮮半島統一の為にはアメリカ外交が最大のキーであると考え続けています。日本でもないし、今は中国でもありません。彼にとって共産主義は体感的な教義ではないはずで体制主義の中国とはウマが合わないのではないでしょうか?だから今回はスーツ姿だったのではないでしょうか?

私はかなり以前から正恩氏の人物像を過去の事例や常識観から捉えようとするのではなく、「新人類」として理解しないと分からなくなると指摘してきました。例えば日本の政府が「朝鮮に精通する」政治家や専門家を交えて外交交渉するやり方では北朝鮮をきちんと理解し、正恩氏を説得し、交渉を進めるには難しいと思います。全く違う切り口、それももっと若く、正恩氏がドキドキするような人物が必要でしょう。

また、日本の外交交渉の特徴として前提条件を突破することに全力を注ぎます。北朝鮮とは拉致問題が常に前面に出てきます。ロシアとの交渉では北方領土問題ですし、韓国とは慰安婦であったり竹島であったりするわけです。日本の外交はまず、この前提問題をこなさないと一歩も前に進めないようになっています。これは試験問題で一番初めに最難関の質問があり、それに突っかかっている為他の解答が出来ずゼロ点を取る様なものです。普通、試験の際にはいちばん易しい問題から解けと教えたのは誰でしょうか?

その点、安倍首相が北方領土に新しい切り口と述べたのは意味があります。ならば北朝鮮の拉致問題は一旦、サイドラインの置けということでしょうか?そうは申しませんが、正恩氏にとっては拉致問題は過去の話で先代の時の話をなぜ俺が「ケツ拭き」しなければならないのか、ぐらいにしか思っていないでしょう。言い換えれば金一家の三代目は先代までとの離別でもあるとも言えます。

ここが多分、ほとんどのメディアが理解できない部分のような気がします。

金正恩氏もトランプ氏同様因数分解すると割と分かりやすいと思います。ところが多くの場合、過去のデータに基づき予想するという癖がつきすぎています。コンピューターの解析がそういう傾向に進んできていることを考えても「想定外」が王道となる時代に差し掛かってきたような気がします。日本人には一番不得手な分野かもしれません。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 5月10日付より