始動する著作権制度見直し

昨日(5月9日)、知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2016」を決定した。決定を受けて、本部長の安倍総理は次のように述べた

「ただいま、『知的財産推進計画2016』を決定しました。第四次産業革命に向けて、ビッグデータの収集・利用を進めるため、著作物を一定の場合に自由に使えるようにするなど、著作権制度を見直します。」

会議の資料1「『知的財産推進計画2016』(案)のポイント」に「著作権が及ばない例外(権利制限)を認める柔軟性のある権利制限規定の具体化」という項目が掲げられている。

「米最高裁 グーグル書籍検索サービスのフェアユース容認(中)」のとおり、「知的財産推進計画2009」で「権利制限の一般規定(日本版フェアユース)の導入」が取り上げられながら、権利者の反対などで失速した経緯からか、「柔軟性のある権利制限規定」という言葉に置き換えている。

これを受けて、所管の文化庁で検討することとなるが、当然浮かび上がる疑問は、前回の轍を踏まないかとの懸念である。しかし、そのおそれは前回よりは少ないと見る。

第1の理由はTPP関連著作権法改正が、著作権侵害罪の非親告罪化や著作権保護期間の著作者の死後70年への20年延長など、権利強化の項目ぞろいであること。権利保護と利用促進をバランスさせるべき著作権法の均衡を大きく保護よりに傾かせる改正になるため、柔軟性のある権利制限規定によって、その均衡を取り戻す必要がる。

第2の理由はPeter Decherney著、城所訳「グローバル化するフェアユース」『GLOCOM Review』12-1(83)のとおり、フェアユースを導入する国が相次いでいること。イノベーション推進の観点から、米国では「スタートアップ企業の資本金」ともよばれるフェアユースを各国が競って導入している。

最後になったが、最大の理由は自民党も「柔軟性のある権利制限規定」の必要性を認識していること。自民党知的財産戦略調査会は4月に「地方創生とイノベーション創出のための知的財産戦略 提言~第4次産業革命とグローバル化の中で~」をとりまとめた。その中で、「まずは現行著作権法に『柔軟な権利制限規定』を取り込み、契約行為で対応できない利活用方法についてもイノベーションを引き起こす仕組みを設けることが妥当である。」としている。

提言をとりまとめた福田 峰之衆議院議員は「イノベーションと著作権~柔軟な権利制限規定の導入」で以下のように指摘している。

「自民党知的財産戦略調査会コンテンツ小委員会(会長:小坂憲次)の事務局長を引き受けて3年、コンテンツを如何に利活用し、日本経済の活性化につなげるか、議論を積み重ねてきました。(中略)この3年間、数多くのヒアリング、そして毎年の『自民党知的財産戦略に関する提言書』への書き込みを一歩一歩積み上げていき、今回の提言書に明確に『柔軟な権利制限規定』を導入することを明記しました。」

これが強力な援軍となるのは、政府立法が前回のように骨抜きにされるようであれば、議員立法の可能性も十分考えられるからである。前回の検討が骨抜きにされた理由は、権利者の利益代表委員が多数を占める文化審議会でのコンセンサスを得なければならなかったことも大きいが、審議会の結論をさらに後退させたのが、内閣法制局による厳しいチェックだった。

文化庁が提出した平成24年著作権法改正法の原案が内閣法制局の審査を経て、さらに後退して国会に提出されたわけだが、この修正に対しては日本弁護士連合会が修正の経緯、理由について明らかにするよう求める意見書を出している。また審議会の委員も同趣旨の指摘をしている。

このように他の法律との整合性を厳しくチェックする内閣法制局の審査を受けなければならない政府立法と異なり、議員立法をチェックする衆院、参院の法制局の法律解釈はそれほど厳しくはないとされている。このため、今回、議員立法の道も開かれているのは心強い。

安倍総理はあいさつを以下のように結んだ

「我が国の知的財産を『守る』だけにとどまってはならないと思います。知的財産を活用し、イノベーションの創出に取り組む企業・大学などの『挑戦者』を力強く後押しするため、政府一丸となって、知財戦略を進めてまいります。」

これまで著作権法は立法事実がないかぎり、つまり現行法で困った事象が発生しないかぎり改正しないという対症療法的な改正でお茶を濁してきた。知財立国が叫ばれてから久しいが、こうした「守りの著作権法」から、ようやく知的財産を活用するための「攻めの著作権法」へ転換する動きが出てきたのに期待したい。