米大統領選の共和党候補者、不動産王ドナルド・トランプ氏(69)の躍進に刺激されたわけではないだろうが、オーストリアの与党社会民主党は新党首に経済界でキャリアを積んできたマネージャー(最高経営責任者)、オーストリア連邦鉄道のクリスチャン・ケルン総裁(Christian Kern) を選出した。ケルン氏は17日、大統領府でフィッシャー大統領から正式に首相に任命される。
▲オーストリアの新首相、クリスチャン・ケルン氏(ウィキぺディアから)
ファイマン前首相は9日、「党内の全幅の信頼を得られなかった」として辞任を表明し、7年半続いた政権から降りた。ファイマン氏の辞任は先月24日実施された大統領選で自党が擁立した候補者の完敗の責任を取ったかたちだ。それを受け、社民党は次期党首(次期首相)を探してきた。ケルン氏は党内では久しく次期首相候補者と受け取られてきた。低迷する党の立て直しにマネージャーとしての手腕を期待する声が党内で多い。
ケルン氏が新首相に任命されたことを受け、国民党との連立政権が再スタートする。ケルン新首相はファイマン前政権の閣僚を継承する一方、新鮮味を出すために2、3の閣僚ポストに新顔を抜擢する意向だ(女性閣僚の割合を少なくとも40%にするという)。ちなみに、政権パートナーの国民党(ミッターレーナー党首)側は目下、閣僚の入れ替えは考えていないという。
ケルン氏は1966年、ウィーン生まれで今年50歳になったばかりだ。同氏は1991年フラニツキー第3次政権下で連邦首相府次官に従事したが、1997年には政界から実業界に入り、2010年7月には連邦鉄道総裁に任命された。政治経験が乏しいことが不安材料と一部では見られている。
社民党が経済界から党首を抜擢したのは今回が初めてではない。銀行トップマネージャーだったフランツ・フラニツキー氏を財務相に登用。その後、同氏は首相に抜擢され、11年間の長期政権(1986~1997年)を維持した。
問題は山積している。まず、有権者離れが著しい社民党の立て直しだ。新首相としてのボーナスは直ぐに使い古される。緊急問題は難民対策だ。ファイマン前首相は難民歓迎政策をとってきたが、難民の殺到と国民の間の不安、批判が高まり、国境管理強化や難民申請の厳格化などの政策変更を余儀なくされたばかりだ。社民党内の左派には難民受け入れを要求する声が根強い。難民受け入れに批判的な極右政党「自由党」との関係も大きな課題だ。同時に、政策が抜本的に異なる保守政党国民党との連立政権をいつまで続けるか、早期総選挙に打って出るかなどの問題が待っている。
社民党は過去21回の選挙で19回、得票率を失ってきた。労働者の政党と誇ってきたが、今年のメーデーでは労働者たちから激しい批判の声が飛び出したばかりだ。社民党の党員の不満が高まっている。新首相の持ち時間は多くない。短期間で成果を出せなければ、社民党には長期の野党生活が待っている。それだけに、社民党は党の再生の切り札としてこれまで温めてきたスターを登場させたわけだ。もはや後がないのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。