「長期金利がマイナスだから、財政コスト低減」は正しいか

小黒 一正

日銀のマイナス金利政策の導入により、長期金利は現在(2016年5月16日)、マイナス0.1%程度まで低下中である。このような状況の中、国債を増発しても利払い費等の財政コストが節減できるため、財政規律が緩み、財政支出の拡大を促す意見が見られる。実際、以下のような報道もある。

熊本地震の復旧へ7780億円 政府、補正予算案を提出(2016年5月13日、東京新聞・夕刊)

政府は十三日の閣議で、熊本地震の復旧に充てる総額七千七百八十億円の二〇一六年度補正予算案を決定し、国会に提出した。道路の復旧やがれき処理、被災した中小企業の事業再建支援などに使える七千億円の「熊本地震復旧等予備費」を創設することが柱。野党も賛成する方針で、十七日に成立する見通し。

補正予算案の財源は、日銀のマイナス金利導入で長期金利が低下したことによる国債の利払い費の減少分を充てる。国債の追加発行はしない。(以下、略)

だが、これは正しい見方でない。確かに、日銀のマイナス金利政策で長期金利はマイナスとなっているため、国債の利払い費は節減できるが、政府部門と日銀を統合した「統合政府」で財政コストを考える場合、その姿は大きく変わる。

議論で扱う数値を分かりやすくするため、長期金利をマイナス1%とし、上記の意味を簡単に説明しよう(図表参照)。まず、長期金利がマイナス1%ということは、政府部門(財務省)が額面100円の10年物国債(表面利率ゼロ)を発行する場合、民間金融機関は101円で落札していることを意味する。民間金融機関が、この国債を償還満期まで保有し続けると、100円で償還されるため、政府部門が1円得をし、民間金融機関は1円損をする。

損をすることが分かりながら、国債の落札に応じている場合、それは背任行為であり、当該民間金融機関は株主から訴訟を受けるに違ない。だが、そうならないのは、この国債を売却し、民間金融機関が利益を確保できる一方、損を押し付けられる買い手がいるためだ。その買い手は、量的・質的金融緩和で毎年約80兆円の長期国債の買いオペレーションを行っている日銀である。

例えば、民間金融機関が101円で落札した国債を、日銀が103円で買いオペレーションしたとしよう。このとき、民間金融機関は2円(=103円-101円)の売却益を確保でき、日銀は2円損をする。仮に日銀が、この国債を償還満期まで保有し続けると、この国債は100円で償還されるから、3円損をする。

では、政府部門(財務省)と日銀を統合した「統合政府」で考える場合、統合政府は得をしているのだろうか。まず、国債の発行時点で、政府部門(財務省)は1円得するが、国債の償還時点で日銀は3円損をする。従って、統合政府(政府部門+日銀)では、2円損をする。これが正しい姿である。

なお、統合政府が損をする2円分は、民間金融機関が国債の落札から日銀への転売という「回転売買」で得る利益2円に等しい。この利益があるため、民間金融機関はマイナス金利でも国債を購入する誘因や動機があるともいえよう。

だが、この構図は、極めて不安定なものである。そもそも、日銀が買う国債が枯渇する等の理由で、量的・質的金融緩和は、2017年・18年頃に限界に達するはずという指摘も多い。

このような状況の中、何らかの要因で、仮に日銀が量的・質的金融緩和を軌道修正し、毎年約80兆円のペースで買っていく長期国債のボリュームが大幅に減少する見通しが出てきた場合、民間金融機関は、償還まで保有すると損をする国債を売却する日銀以外の買い手を見つける必要があり、最悪ケースでは、国債の落札から日銀への転売という「回転売買」で儲けるスキームが崩壊する。

このとき、長期金利は急にプラスの値にジャンプするリスクもあり、債務残高の利払い費を低金利で抑制する政府のシナリオも狂う可能性が高い。2017年4月の消費増税に関する増税判断も間近に迫っているが、以上のリスクも視野に、財政・金融政策のあり方を真剣に考える必要があろう。

(法政大学教授 小黒一正)