4月26~27日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事録は、多くの参加者が経済指標次第で6月利上げに前向きだったことが分かりました。声明文で明確な次回利上げメッセージを盛り込まなかったにもかかわらず、タカ派寄りへシフト。世界経済や金融市場の動向に配慮する声明文での文言も、議事録で後者について「大いに改善した」と評価しています。おかげでFF先物動向は6月利上げ織り込み度が33.8%と、前日の15.0%から急伸(CME、Fedウォッチ)するに至りました。
1月年始に年4回の利上げが適切と発言した一方、3月以降は公の場で金融政策見通しを語っていなかったフィッシャー米連邦準備制度理事会(FRB)副議長が19日に「(マネー)、金利と物価:パティンキンとウッドフォード」と題した講演を予定していますが、あらためて市場の利上げ観測を前倒しさせる作戦でしょうか。ちなみに、パティンキン氏と言えば新ケインズ派で著名な学者で、マイケル・ウッドフォード氏はコロンビア大学の現教授。短期金利がゼロに至った段階で中銀がいかに成長を促すかを研究した第一人者で、シカゴ大学からプリンストン大学(2004年まで)に移籍したきっかけを作ったのが、当時同大の教授だった後のベン・バーナンキ前FRB議長です。今回のフィッシャーFRB副議長の講演は、このウッドフォード教授を称える会合で、ニューヨークで開催されます。
▽利上げをめぐる協議
・多くの参加者は、経済指標が4-6月期の成長回復を示し、労働市場がさらに強まり続け、インフレ目標2%へ向かえば、6月の利上げは適切と認識。
・ただし、次回会合で利上げが適切かどうかをめぐって参加者の見解分かれる(range of views)。
・何人か(a few)の参加者は、利上げを主張(3月議事録は2人と明記)。
・2人の参加者は、均衡実質金利を含め政策金利水準の適正な試算値は現状を大幅に上回ると指摘。急速あるいは大幅な利上げが必要となるリスクに言及。
・2人の参加者は、利上げの先送りが社会での経済への見方を困惑させ金融政策の決定に影響を与えかねず、委員会への信用を阻害しかねないとコメント。
▽経済動向
・参加者は概して、世界経済と金融市場の動向によって生じる経済見通しへのリスクが低下したとの認識で一致。
・数人の参加者(several participants)は、経済見通しの見方をめぐって「概して均衡(roughly balanced)」と判断。
・ただし、多くの参加者は世界経済と金融市場の動向を配慮し下方リスクを認識。
・数人(some)の参加者は、BREXITをめぐる英国の国民投票で金融市場が神経質な展開を迎える可能性、及び中国での人民元政策の影響を指摘。
・多くの参加者は成長回復を見込み、1)労働市場の拡大、2)原油安による実質所得の増加、3)株高による資産効果--が根拠。
・企業投資への見方は、まちまち。サービス業は拡大基調も、輸出やエネルギーに関連する製造業での需要は弱い。
・複数(several)の参加者によると、企業は経済見通しに強い懸念を抱くとともに、コスト削減に注力せざるを得ない状況を示唆。
・一方で、他の数人(some)は企業の設備投資見通しに前向きで彼らの地区の企業からは機器投資や構造物投資を多く確認したという。
・労働市場は一段と力強さを増したと認識、多くの参加者は労働参加率の上昇を歓迎。
・労働生産性は過去5年にわたり1年当たり平均0.5%以下で推移したが、経済金利見通しで明らかにしたように生産性が強まる見通し。
・多くの参加者は、低い労働生産性が継続する流れで失業率が低下していけばインフレ加速を招き、迅速な利上げが必要になり。逆に労働生産性の低下で家計所得や企業の売上を抑えれば、失業率や利上げ見通しに変化をもたらすと指摘。
・複数(several)の参加者は、労働生産性の低下トレンドが永続的となれば、均衡実質金利は低下すると予想。
・複数(several)の参加者はインフレの重大な下方リスクを認識も、その他多くの参加者は底堅いコアなど足元の動向を受け目標値2%へ向かうとの自信を持つ。
・スタッフ見通しでは、インフレは中期的に2%を目指すも2018年までの達成は困難。
・スタッフ見通しでは、GDPは下方リスクに傾く。
ダウは4月議事録公表後に上げ幅を180ドル打ち消し、一目均衡表・雲の上限も突破。
▽海外動向、金融市場
・世界の金融市場は格段に改善した(improved significantly)。
・3月FOMCで利上げ示唆を従来の年4回から年2回へ修正、金融市場の改善に奏功。
・ドル安と中国経済の回復が人民元への(下落)圧力を低下、金融市場に安定もたらした可能性。
・参加者は、金融環境の緩和により個人消費や企業投資を支え見通しの下方リスクを払しょくさせたと指摘。
・多くの参加者は、家計及び企業における信用が緩和したとの報告を受け取った。
・今回の議事録で中国の言及は5回、前回の3回から増加も「中国の経済成長は緩やかだったが3月には年初より上向いた」、「中国のインフレ上昇」、「人民元政策」、「ドル安と中国経済の回復が人民元への圧力を緩和」、「中国以外のエマージング国」など、ネガティブ材料で使用されていない。
ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙は、Fed番であるジョン・ヒルゼンラス記者とケイト・デビッドソン記者よる「Fed、6月利上げの選択肢を示す(Fed to Markets: June Rate Increase Is on the Table)」と題した記事を配信。6月利上げに疑心暗鬼な市場に、経済指標が正当化する場合に備え「明確な警告(sharp warning)」を発したと伝えた。Fedは4月利上げを見送る公算が大きいと報じた。
JPモルガンのマイケル・フェローリ米主席エコノミストは、議事録は「タカ派寄りへシフトしており、6月利上げの可能性は足元の地区連銀総裁発言と整合的(サンフランシスコ連銀、アトランタ連銀、ダラス連銀など)」と振り返った。その一方で、ハト派寄りの見解を表明したイエレンFRB議長とのスタンスの乖離を指摘。理由として、1)市場がイエレンFRB議長の発言を誤って解釈、2)イエレンFRB議長が単にブレイナードFRB理事を除いた他参加者より、ハト派寄り――の2点を挙げる。いずれにしても経済指標次第という割に6月14-15日までに確認できる経済指標は限られているため「7月利上げの予想を維持する」とまとめた。
――2015年12月に2006年以来の利上げに踏み切った直前、15年10月FOMCの声明文で「次回会合で利上げを行うか検討する」と明記しました。同議事録でも「数人の参加者は利上げの時期が熟したと判断」、「多くの参加者が利上げ開始の遅れから生じる問題を指摘」を記すなど、利上げ姿勢を明確にしていたものです。今回は声明文でこそ次回利上げをアピールしなかったものの、事前にイエレンFRB議長は毎回が「ライブの会合」と発言。今回の議事録でも次回利上げ支持派の台頭が見て取れ、米5月雇用統計が改善すれば6月利上げに現実味が帯びます。さらに、中国に関する言及が楽観寄りにトーンダウンしており、ここも15年10月FOMC議事録と重なります。英国の国民投票に絡み市場の混乱が発生しなければ、追加利上げに踏み切る余地が出てきました。
その一方で、気になる点が。今回の議事録では、冒頭に特別議題として「金融政策と金融安定」と位置付けた段落が設けられていました。管轄する機関同士の問題もあり、金融安定が脅かされる場合はマクロプルーデンス政策より、金融政策を使う方が望ましいとの認識を表明しています。今回の金融安定をめぐる議論は、英国の国民投票や米大統領選などによる波乱を見越したものなのか。議事録自体はタカ派でしたが、FOMC参加者は低金利時代でのリスク対応と利上げの両にらみで政策運営に当たっていることは間違いありません。
(カバー写真:NCinDC/Flickr)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年5月19日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。