「東京ガスが家電販売」に秘められた深い事業戦略

東京ガスは今秋から家電の販売を本格的に始めると2016年5月21日の日経新聞が報じています

冷蔵庫や洗濯機など大型商品を約200店ある系列のガス器具販売店で扱う。4月の電力小売り全面自由化をうけ、電力各社や参入企業は料金やサービスを競っている。東ガスは割安な電気とセットにした省エネを提案して消費者の需要を取り込む。保守や工事で培った営業力も生かし新たな事業を拡大する。日経新聞

私は同社の内部関係者ではないのであくまでも外部からの分析ですが、東京ガスは家電の販売によって得られる利益や、30万件の契約を獲得した、直近の電力小売り競争だけでなく、もっと先の業界地図の激変を睨んでの布石だと考えます。

下の図をご覧下さい。関東地方の電力ビジネスには、既にヤマダ電機は小売り参入を表明、ソフトバンクなどの通信・モバイル事業者、そして関西電力などの他地域事業者が参入ないし参入を表明しています。日産自動車は、英国で革新的な分散電力システムを英国で発売開始するので、日本でも早晩同様のモデルを持ち込むでしょう。

 

私は、2020年の東京オリンピックと電力完全自由化までに、中国のメガバブル崩壊を端緒とする、グローバル経済の終焉とIoT革命とシェア経済の進展により、日本の電気事業が劇的な変貌を遂げると確信しています。それは、中央集権型から分散型へのパラダイムシフトです。また、エネルギーと交通と通信の融合でもあります。さらに、AppleはApplePayを引っさげて、小額決済のフィンテックに殴り込みをかけ、「テスラが日本の自動車・電機メーカーを破壊する日」で述べたように、米国西海岸では分散型電力システムの萌芽が見られております。

関東地方に現れるこの巨大マーケットに、東京電力だけでなく、関連業種が強みを賭して参入するのは当然のことです。特に、来年ガス小売り事業の自由化を控え、本業が侵蝕される懸念のある東京ガスの本気度は尋常ではないでしょう。

電力会社に対する東京ガスの強みは、ガス機器販売も手がけ、さらに販売店とのネットワークがあることです。関東を中心に約200店あるガス器具販売店「東京ガス ライフバル」は、標準的な店舗で面積は100平方メートル以上あり、これまではコンロや家庭用燃料電池「エネファーム」といったガス関連の器具を扱っていたこの全店で大型家電の販売を始めるということです。店内に代表的な家電を展示するほか、東ガスが得意とする戸別訪問による営業活動を通じて販売します。

家電量販店のような最低価格を保証するような販売はせず、比較的価格が安定しているファミリー向けの高級機種などを中心に品ぞろえする。ガス器具の保安で培ってきた販売後のアフターケアの力を生かしサービスを充実するほか、割安な電気と省エネ家電を組み合わせた提案で総合的に価格競争力を高める。

一部店舗で扱っていたエアコンなどは設置工事の速さやアフターケアの良さを売り物にする。店舗に家電の設置工事ができる人材が多い利点を生かし、家電量販より迅速に商品を届けるという。 日経新聞

お客さんの立場になって考えてみましょう。今までの、家電、例えばテレビやパソコンはどこの店で買っても同じでした。ならば、安いに越したことはないので、コスト競争力の弱い、街の家電屋は大型量販店に、そしてさらには価格コムやAmazonなどのネットショップにお客さんは流れていきました。しかし、その前提は、「メンテナンスの必要がない」買い切りモデルです。日本の家電製品は耐久性が高いので、宅配で届いて、自分で据え付ければそれで十分でした。

しかし、これからの家電はそうは行きません。全て、電力シシテムと通信システムに繋がっていきます。ユビキタス電力あるいは、ネットワーク家電になります。例えば、スマホで外出先から、帰宅前にエアコンを入れて部屋を適温にしておくとか、家の蓄電池から電気自動車にスマホで充電したりとか、電力需要が逼迫して、電力会社の送電網(グリッド)からの電気料金が高くなったら、スマホを操作して、電気自動車のバッテリーからエアコンに電力を送ったりするようになります。

その繋ぎ込み、お客さんは自分でやるでしょうか?そんな面倒くさいこと、私はやらないと思います。そこで、街の電気工事店か通信工事店がやってきてセットアップする訳です。

さらに、メンテナンスも煩雑化します。例えば、使い始めて数年経ったとき、スマホを操作してもエアコンが反応しなくなったとします。しかし、一般顧客には、それがエアコンの不具合なのか、スマホの不具合なのか、ハード接続機器の不具合なのか、通信システムの不具合なのか検討が付きませんよね。そこで、水における「クラシアン」のような業者に助けてもらうことになります。そうすると、面倒くさがりやのお客さんは、「多少高くてもいいから、電気機器は、後々システムの面倒を見てくれる事業者から買おう」という行動に出るでしょう。

つまり、「電力小売り事業」と「家電販売業」は境目が無くなって、融合してくると思います。これは、「電力を1円でも安く」「家電を1円でも安く」を指向する現在の業界地図を完全に塗り替えます。非価格競争です。「電力小売り、電力内線管理、家電メンテ、電気自動車小売り、通信・モバイル小売り」でワンストップサービスを展開して、おもてなしの心で、お客さんのハートをギュッと掴んだ事業者が圧倒的に優位に立ちます。そこでは価格よりも「安全・安心」が優先されるので、利幅の美味しい商売になるでしょう。

だから、東京ガスは電力も家電も売り始めたのです。ちなみに、中央集権的な事業構造を持つ電力会社よりも、分散型の電力管理事業は東京ガスに地の利があって、例えば六本木ヒルズはすべて東京ガスが現地で発電をして電力・ガスの供給をしています。だから、東日本大震災で輪番停電の危機の時に、六本木ヒルズだけは安心だったというのが業界では有名な話です。

しかし、当然他の事業者も手をこまねいているわけではありません。ソフトバンクは、孫社長の肝いりで電力事業に力をいれていますし、その一環で電力小売りにも参入、電気自動車シェアリングサービスも開始しています。通信がIoTの肝ですから強みはあります。NTTもKDDIも狙っているでしょう。先に紹介した日産自動車は、密やかに英国でビジネスを始めました。ホンダも電気自動車クラリテイを来年アメリカで売り出しますし、トヨタも欧州でリースモデル実証をすすめています。ヤマダ電機も電力小売り事業に参入します。SECOMやアルソックも狙うでしょう。東京電鉄は電力小売り、Itscom、さらに東急セキュリテイもやっているので当然参入を伺うでしょう。

このように、日本のそうそうたる大企業の「電力小売り自由化第二章」の勝利を賭けた、異業種間大競争の号砲が鳴り響いたのが2016年であります。