IPO後も最終決定権はサウジ政府が保持する

Arab Newsが「6月3日、モハマッド副皇太子が率いる経済開発評議会は『Vision 2030』の運営体制を最終的なものとした」と報じているが、ラマダン前に発表が予定されている詳細行動計画の中身はまったく見えてこない(“Economic council finalizes vision’s operational structure” Fri 3 June 2016)。この記事に書かれているのは、どのような役割を持った、どのような組織が作られたか、だけなのだ。

一方で、ウィーンのOPEC総会に初めて参加していたファーリハ・エネルギー相は記者団に対し、IPO後といえどもサウジ政府は生産と生産能力については最終決定権を保持する、IPOに応ずる投資家は、サウジ政府が定め、サウジアラムコがベネフィットを得ているウィン・ウィンの政策と戦略を含めて買うことになる、この現実を受け入れなければならない、と語っている(FT ”Saudi to retain key decision-making for Aramco after IPO” June 3, 2016 7:19pm)。サウジアラムコのIPOは、石油依存から脱却し、2兆ドルの国家投資ファンドを作り上げようとする経済改革案「Vision 2030」の中核をなすものだ。

すぐに出典が見つからないが他の報道によると、ファーリハ氏は同時に「サウジは1,250万B/Dの現行生産能力は維持する。すぐに増やす計画はない」とも語っている。つまり、約200万B/Dほどの余剰生産能力は保持する、そのことについて少数株主は文句を言ってはいけない、とも言っているのだ。

これは従来からのサウジの基本的な石油政策なので一安心だ。クッション能力がゼロになったら、一朝事が起こったときに世界の原油市場は大混乱に陥る。

たとえば2014年6月、米軍がISへの空爆を始める直前、ケリー国務長官がサウジに赴き、この軍事行動でもし石油価格が高騰したら、増産をして市場を落ち着かせて欲しい、と頼んだのだが、これもサウジに余剰生産能力があるから出来ることだ。

さて、前述したFTの記事によると、ファーリハ氏は、2018年に予定されているサウジアラムコのIPO実施の前には、複雑にからみあった政府とサウジアラムコの関係からくる幾つかの障害を乗り越える必要があるとしている。たとえばサウジアラムコの現在の課税の仕組みや会計処理方法は大幅に修正する必要があるし、私企業としての営利行為ではなく、政府の代理で行っている各種のプロジェクトの詳細も精査される必要がある、とのことだ。

サウジアラムコは、石油開発から始まり、周辺の石油精製業、石油化学事業へと拡大してきているが、さらに国家の要請を受け、学校建設だとかスタジアムの建設など多くのインフラ建設にも関与している。

モハマッド副皇太子は先月、IPOによりサウジアラムコは政府の石油政策から独立した存在となり、選ばれた役員(elected board)が経営の意思決定を行う、と語っているのだが、業界のアナリストたちは、このように国家の事業に深く関わっている組織が、少数株主の利益のためにどのようなことができるのだろうか、と多くの疑問を呈している。

ファーリハ氏は、IPOは複数の目的、すなわちサウジアラムコの実態を見せること、世界の資本市場に参加すること、そして事業を国際的に発展させることなどがある、と指摘する。さらに、国際基準での企業統治、標準会計処理、コンプライアンスの実施体制などの点で不透明だというイメージを払拭することができる、としている。

さらに、IPOの仕組みおよび発行場所なども未決定だ。ファーリハ氏は、IPOによる利益と将来の配当は国家投資ファンドに払い込まれ、そこを通じて非石油事業に投資される、としている。

ファーリハ氏の指摘はひとつひとつ、もっともだ。

ラマダンが始まるまで残りわずか。「Vision 2030」の詳細行動計画が出来上がり、発表されるには、あと何人ファーリハ氏が必要なのだろうか。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年6月3日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。