Brexitと原油価格

筆者の次作『原油暴落の謎を解く』はすでに印刷機がフル回転している段階なので、何か新発見があっても後の祭りなのだが、2~3週間前に編集者から聞かれていた本件について調べてみた。校閲からの鋭い指摘、質問に答える作業をしていた時期だったので「Brexit(イギリスのEU離脱)がポンドやユーロといった通貨価値に影響を与え、それが経済成長にどのように影響するか、という程度の関係で、原油価格の動向とは直接は関係がないと思う」と応えただけだったのだが、本当にこれだけだろうか?

英国人の有力エネルギーコラムニストであるニック・バトラーがどういっているだろうかと検索して見たら、FTへの最新投稿が「Brexitと欧州エネルギー政策」(”Brexit and European energy policy – the case for engagement” May 30, 2016 05:30)だった。もう数時間したら、次の投稿が掲載されている頃合だったので、これも何かのお導きなのかもしれない。

結論をいうと、前述した筆者の「即答」は筋違いではなかったようだが、日本のエネルギー政策を考える上では多くの示唆を与えてくれる論考である。ぜひ原文をお読みいただきたい。なお筆者の興味に従って要点をまとめると、次のようになっている。

Brexitをめぐるイギリス国民の議論は、「脱退」か、あるいは移民問題等をめぐりEUからの過剰な介入を拒絶する「半脱退」というのが主流のようだが、第三の道がある。ゴードン・ブラウン元首相の新著のタイトル『Leading, not Leaving』がそれだ。エネルギーの分野に限って論じるが、イギリスのエネルギー開発、貿易、技術と科学といった分野での経験、技能などを利用して、欧州をリードしていく役割を果たせるのではないか、というのがニックの主要論点だ。

ニックは、エネルギー安全保障、価格競争力確保、環境問題の3点から議論を展開している。

安全保障については、供給ソースの多様化と緊急用在庫が重要で、これらに必要なインフラ整備をEUというグループで行うことにメリットがある。特に天然ガスと電力の分野で期待できる、としている。

価格問題については、EUの現行政策は機能していない。たとえば各国における電力料金は、フランスを除いて、すべての国でアメリカより高い。ガソリン価格も同様で、特にイギリスでは、ドライバーがガソリンスタンドで支払う価格の約80%が税金だ、と指摘している。

環境問題については、EUとして何回も目標を設定してきているが、毎回達成できていない。ドイツですら、石炭火力発電が増えているため、2020年目標を達成できそうにない。この目標と実績との乖離は、公共政策全般への信頼を損ねることになる。これまでの温暖化ガス排出量の削減は、失業増大と社会分裂という犠牲の上に成り立っているという現実を直視すべきだ、と言っている。

そして解決策として次のようなことを提案している。

まずバルト海諸国と西欧とを結ぶガスパイプラインをEU基金も利用して行うこと(ニックは「Junker investment fund」と共に、と言っているが、おそらく民間主導のプロジェクトが存在しているのだと思われる)。これは、安全保障につながる上、EUの東側加盟国への明確なコミットメントになる、としている。

次に、欧州にも中国がマスターしている超高圧(UHD)送電網を建設すべきだ、としている。遠隔地からの送電を、送電ロスを少なくすることにより低コストで実現する技術で、この技術開発に取り組むべきだ。高コストのバックアップ電源が必要とされる再生可能エネルギー発電の強い味方になる、としている。

そして最後に、もっとも重要な課題だとして、環境問題へのEU全体のまとまった取り組みの必要性をあげている。気候変動には国境がない。開発途上国が必要なエネルギーを確保するために、高コストの再生可能エネルギーを使うことはできないので、EUが中心となって技術、エンジニアリングの分野で協力すべきだ、というのだ。そして、イギリスは大きく貢献できる、と。

なるほど。
中国がマスターしたという超高圧(UHD)送電網というのは、日本でも応用できるものなのだろうか?


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年6月6日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。