脱北者が英国に亡命する理由

長谷川 良

知人を通じて脱北者、金主日氏(Kim Joo Il)とインタビューする機会を得た。同氏は目下英国に住んでいるが、仕事の為にウィーン入りした。同氏は5日、ウィーン市内のレストランで1時間ほど当方とのインタビューに応じた。

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▲インタビューに答える金主日氏(2016年6月5日、ウィーン市内で撮影)

金主日氏は1973年、咸鏡北道吉州郡で生まれた。元北朝鮮人民軍第5部隊の小隊指揮官の時(2005年8月)脱北した。同氏は今日、英ロンドンのニューモルデン(New Malden)に住み、「Free NK News Paper」を創設して、母国・北朝鮮の民主化のために戦っている。同氏は2013年5月、英国の永住権を獲得、現在は人権と民主主義のための「国際脱北者協会」(INKAHRD)の事務局長を務めている。

金氏は2005年8月、豆満江を泳いで中国側に渡った。脱北するという明確な意識はなかったという。「中国からわが国を一度見てみたみたかった。はっきりしたことは北朝鮮が天国でないことが分かったことだ。中国の方がわが国よりはるかに天国に見えた。我々は騙されていたのだ。そこで脱北を決意した」という。

軍服姿の金氏は昼間は身を隠し、夜に移動した。北京の韓国大使館に逃げ込もうと考えたが、大使館に接近することは困難だった。早く移動した方が無難だといわれたので、ベトナムに逃げ、そこから、カンボジアを通過し、タイに入った。そこで非政府機関(NGO)の関係者から中国の偽造旅券を入手して英国に空路で入ったという。

欧州には現在約1200人の脱北者が暮らしている。英国には約700人の脱北者が生きている。「脱北者の数では英国は韓国に次いで多い」という。

なぜ、脱北者は英国に逃げるのかについて、金氏は、「英国は政治的、社会的に民主主義の価値が完全に定着し、人権も守られている国だ。そのうえ、英国は米国、韓国、日本とは違い、北の直接の敵ではないので、北当局も英国に逃げた脱北者の親族関係者に対してはかなり寛容だ。ただし、脱北者はそれぞれ状況や背景が異なるので一概にこれが英国亡命の主因だとは言えない。ちなみに、韓国に亡命した脱北者の中には韓国社会に順応できずに苦しむ者が多いと聞く」と述べた。

金氏によると、北朝鮮は1990年半ばから2000年にかけ、国民は飢餓に苦しんだが、国民だけではなく、軍の兵士も同様だった。だから、兵士の中には飢餓で死ぬより脱北するという兵士たちが出てきたという。
人民軍の現状については、「武器の近代化が叫ばれていたが、兵士たちはオイルが必要だったので、戦車から油を抜き取り、その代わりに水を注入するといった具合だった」と証言し、「人民軍の現状は悲惨だ」と指摘した。

「北朝鮮の国民は3代の独裁者によって完全に洗脳されている。我々の生活が厳しく、食糧、エネルギー不足に悩まされるのは米韓日や国際社会の弾圧のためだと教えられてきた。だから、独裁者を批判する声はほとんどない。反体制派グループは存在せず、軍クーデターはわが国では目下、考えられない」
金氏は、「北朝鮮の国民に世界の本当の姿を教え、国内の事情を正しく見つめることができるように啓蒙活動を進めていけば、北でも反体制派活動が生まれてくるだろう」と強調した。

金正恩党委員長は先月、36年ぶりに開催された第7回党大会で核開発の継続と国民経済の発展を同時推進する「並進路線」を提示したが、金主日氏は、「並進路線は新しい路線ではない。金正恩は祖父、金日成のそれを真似ているだけだ。北朝鮮は当時、韓国より経済が発展していたから並進路線は可能だったが、国力の衰弱した現在は不可能だ」と指摘する。

北の核の非核化については、「金正恩は絶対に核開発を放棄しない。核兵器を放棄すれば、北は全くの無防備となって生存は出来なくなると信じているからだ」と強調し、米韓日が要求する北の非核化は目下、非現実的だと断言した。

北朝鮮が核実験と弾道ミサイル発射を実施したことに対し、国際社会は対北制裁を実施中だが、金氏は、「制裁の成否は中国とロシアがその制裁を忠実に実行するかにかかっている。一方、北は欧州の多くの国と外交関係を樹立し、これまで友好関係を維持してきた。その欧州連合(EU)が先月27日、対北追加制裁を決定したというニュースは北に外交的、政治的に大きな衝撃を与えている」と明らかにした。

最後に、北朝鮮の日本人拉致事件について、金主日氏は、「私が北朝鮮にいた時、多くの日本人を目撃したが、彼らは自らを拉致犠牲者とはいわないので、通常の日本人か拉致犠牲者かの区別は出来なかった」と述べるに留めた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。