一年前から、科学技術振興機構社会技術研究開発センターで、「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」という研究開発領域の総括を務めている。ストーカーやドメスティックバイオレンス、児童虐待、高齢者を狙った詐欺事件、ネットいじめ等の問題について、すでに数多くの研究が実施され、関連府省も矢継ぎ早に対策を打ち出してきた。しかし問題は深刻化する一方であり、これは、今までの研究や対策には限界があったことを意味する。そこで、現実や地域の問題に対応できるよう、公/私が協力して発見、介入・支援できる新しい仕組み、その活動に資する制度と技術を提示したいという動機で、この研究開発領域はスタートした。
研究の第一歩は過去の失敗に学ぶことである。実際に発生した児童虐待のケースを取り上げ、自治体が作成した検証記録と加害親の裁判記録を突き合わせて、何が問題だったかを明らかにした、研究成果について発表を聞く機会があった。被害児と加害親、そして彼らを囲む多くの関係者の関係について、いろいろ考えさせられるよい研究会だった。
研究会の終わりに「その場で得た情報は外に持ち出さない」という誓約書に署名を求められた。講演資料も回収された。服役して出所した加害親や、「もっと出来ることがあったはず」と悔み続けている関係者を守るためである。しかし、このように回収していては、研究成果を教材化して全国で専門家の教育に役立てるという利用法は閉ざされてしまう。
研究報告には「親A」というように匿名で書かれているが、被害児の年齢・性別、加害親との関係、周囲の状況などをキーワードにして検索すると、ビンゴで検証記録にたどり着く。検証記録から時期が特定できるので、新聞データベースをあたれば、加害親の氏名・住所までわかってしまう。このようにして、プライバシーは暴かれていく。
これは、「忘れられる権利」が問題となる典型的な事例である。このほかにも、逮捕時に大きく報道されたが、後に冤罪と分かった場合、どのように逮捕報道を消し去るのが適切か、といった類似の問題がある。彼らはマスメディアの過去記事で再度傷つくわけだ。一方で、性犯罪者については、出所後の居住地を公開すべきといった意見もある。
舛添都知事の場合には、過去に執筆した書籍との矛盾がブーメランで戻ってきているだけで、自己責任の範囲であって、過去の書籍を消し去るように要求する権利はない。これに対して、ここに書いたような一般人のプライバシーはどう守るのが適切か、「忘れられる権利」をどのように適用するのが適切かについては、まだ社会的合意は得られていない。そこで、情報通信政策フォーラム(ICPF)では小向太郎氏を講師に迎えて、「忘れられる権利」についてセミナーを開くことにした。どうぞ、ご参加ください。