学生よ、官僚はそんなこと考えてはいないのだ

中村 伊知哉

総務省の中堅官僚を迎えての授業にて。
「臨場感・共感を進化させるため4K8Kを推進」という国の政策を説明いただいたところ、学生が「なぜその目的のために高精細という手段が出てくるのか?」。本質を突いた質問です。

メディア技術を開発する学生からみれば、臨場感・共感のためには、高精細以外にも、立体表現、触覚通信、ソーシャルでのシェアなどさまざまなアプローチがあります。学校でも、臨場感・共感を目指す学生が高精細技術という答案を書いてきたら、教員の質問が集中するでしょう。なぜ4K8Kかと聞きたくなるのは当然です。

これに対し役所は、4K8Kが最も臨場感を高める技術として期待できるという立論をし、見事に答弁します。さもなければ財務省も通らず、国会の予算質疑も乗りきれません。プロとして説明の訓練をしている立場としては、当然これを想定どおり乗り切ろうとします。

じゃが学生よ。政府は臨場感の進化なんて願ってはおらぬ。ゼッタイにそんなことは言わないが。
そうではなくて、まずは4K8Kの推進という題目があって、それを進める理由として臨場感があるのですぞ。

ではなぜ4K8Kか。政策授業では、それを考えるのがテーマになります。
それは、それを望む「業界」があり、政策スポンサーとして「国会」筋もそれを支援し、かつ官僚としてそれが国際競争力などの国益にも資すると考えるからです。つまり利用政策というより産業政策なのです。

「利用政策、技術政策、文化政策、国際政策などいろいろある中で、産業政策が優先されるということですか?」
いや学生よ、そんなこともないのだ。利用政策として要望が強ければ、官僚はそのとおり動くのです。
青少年のネット安全利用に対する要望が強ければ、それがケータイ産業を不利にすることがあっても、官僚は国会筋の意向も汲み取って、それを制度化するのです。

では利用政策として臨場感が重視されると思う?
国民に何を望むかを聞いてみるといい。臨場感なんかいいからケータイ代やNHK受信料を下げろと言われるだけでしょう。
じゃあ臨場感を捨てていいか?
いやそこでようやくプロ官僚としての先見性が問われることになるのです。

利用者、事業者、技術動向、国際情勢のバランスをどうとって、どこに優先順位を置いて政策化するか、それが官僚の腕というやつです。
どこのスペースにどうパスを出すか、これは一種の創造力。他のどの仕事もそうですが、官僚にだって創造力は大切なのです。

この授業は、官僚を目指す学生向けのものではありません。メディア・イノベーター向けのものです。企業であれ、NPOであれ、起業家であれ、どの道に進む人であれ、公益を考えることは不可欠。その公益というものが、政策という形を取るとき、どんなメカニズムでできあがるのか、相手の立場で考えてみよう。

もちろん政策を巡る官僚シミュレーションだけでなく、企業人や起業家やさまざまな主体の立場で商品やサービスやビジネスをシミュレートすることは有益です。その際、ホンモノの企業人や起業家を交えて学ぶ。学校の役割はその場を設計することでしょう。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。