昨今の原油価格の動静を見事に説明してくれる記事が出た。FTのEd Crooksが書いた “Uncompleted wells could hold back oil price rebound” (June 21, 2016 8:13am) という記事だ。価格回復が一本調子では行かない背景が理解できるので、弊ブログの読者の皆様にはぜひお読みいただきたい記事である。
アメリカのシェールオイル産業の目覚しい技術革新とコスト削減の実態については、弊著『原油暴落の謎を解く』(文春新書、2016年6月20日)で説明した通りだが、同時にDUC(Drilled but Uncompleted、掘削済み未仕上げ)坑井の存在についても解説しておいた。
ここで話題にしているDUC坑井とは、簡単にいうと、次のようなものだ。
まず、水平掘削を含むリグを利用しての掘削作業と、水圧破砕を含む仕上げ作業とはまったく別物だ。使用する資機材も、携わる技術者、作業員たちも別である。したがって、掘削を終了してから仕上げ作業に入るまでに、若干の「空き時間」が生ずるのは通常のことなのだ。だからDUCは特別なものではない、ともいえる。
だが、シェールオイル産業においては、この「空き時間」を意図的に長引かせる契約上のインセンティブが存在しており、現実にそうしているところが多いと噂されていたのだ。詳細は弊著を参照して欲しいが、それが「異常な」DUC坑井なのだ。
掘削作業は私企業の自由な事業活動なので、第三者に情報を開示する必要がない。契約当事者たちは「守秘義務」があるので、業務上、入手した情報を第三者に漏らすことはない。だから、通常ではない、意図的に長引かせている特別なDUC坑井がどのくらい存在するのかは、誰も把握することはできないのだ。
弊著では「少なくもと4桁の大台に乗っている」との業界の噂話を紹介しておいた。
さてこの記事によると、各州と各社の発表等から、コンサルタントRystad Energyは、2015年末に4,000本あったDUC坑井は現在3,900本になっている、と分析している。さらに、これらのDUC坑井は50ドル前後の価格であれば90%が採算にのる(profitable)、最近、生産業者のヘッジ量が増加しているのもDUC坑井を生産に移行させる現れだ、としている。
だが、この3,900本というのは通常の「空き時間」が生じているものも含んでおり、より有力なエネルギー情報会社Wood Mackenzieは、3ヶ月以上の「空き時間」が発生している「異常な」DUC坑井は1,300本くらいだろう、という。Rystadもこの指摘には同意しているが、それでも2,000から2,400本程度は存在しているはず、としている。
このように両者の認識している「数」の違いはあるが、「異常な」DUC坑井が「4桁以上」存在しているだろうとの噂は真実に近かったようだ。
さらに記事は、市況が50ドル前後に戻ってきたので、有力なシェールオイル業者であるContinental Resources、EOG ResourcesやOasis PetroleumなどがDUC坑井の仕上げ作業を実行している徴候が見られる、と伝えている。
Citi Groupは、DUC坑井からの生産が、2016年後半には100万B/Dほどになる、と予測している。Wood Mckenzieは12月に25万B/D、Rystadは30万B/Dだろうという。Standard Charteredは、掘削減による減産量をある程度相殺するのみだ、としている。
いずれにせよ、業界関係者はDUC坑井の動向に注目しているのだ。
筆者が見るに、最近の価格回復は、サウジが増産しないこと、ドル安、予想外の供給阻害、予想以上の需要堅調(特にインド)などの要因によるものだが、まだ大幅に過剰な在庫が目の前に存在している一方で、カナダの山火事による供給阻害は徐々に解消しつつある。ナイジェリアとリビアの騒乱状態は解消しそうもないが、ベネズエラは一息つけそうだ。数十万B/Dを融資返済分として受け取っている中国は「当分の間、金利分のみの支払いにして欲しい」という要請に前向きだからだ。
こういう中でDUC坑井からの生産が始まる、というわけだ。
リバランス(供給と需要が均衡すること)は進んでいるが、DUC坑井からの生産開始という新要素が加わって、供給過剰が解消するのは2017年にずれ込むだろうが、だからといってシェールオイルが増産に転ずると考えるのは馬鹿げた話だ、とこの記事は締めている。
御意。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年6月21日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。