高橋財政とヘリコプターマネー

久保田 博幸

高橋是清は、世界最速のデフレからの脱却に成功させたと言われているが、これは井上準之介による緊縮政策により、輸出競争力強化のために引き下げた物価の部分を元に戻した格好であり、その分の物価上昇余地が高橋財政前には存在していたと言える。

金解禁時の井上財政により、景気にしろ物価にしろ、バネを抑えるだけ抑える政策をしていたが、高橋是清による金輸出禁止により、このバネが解き放たれ、円安政策や低金利政策、さらには財政政策もミックスされて、景気が回復するとともに物価が上昇したのである。井上緊縮財政により、経営合理化が進み企業の体質が改善されていたことも景気回復に大きく貢献していたものとされている。

ただし、高橋財政は世界経済が停滞する中での円安を梃子にした輸出の増加が大きく影響していたことで、諸外国はこれを「ソーシャル・ダンピング」と強く非難した。満州事変に続き上海事変などの軍事行動とともに、円安による輸出急増は対外摩擦を大きくする誘因となり、国際的孤立を招く要因となった。

高橋蔵相が打ち出した日銀による国債引受が、物価の上昇にも影響を与えたのではないかとの見方もある。高橋蔵相は1932年6月に議会で国債の日銀引受の方針を表明していた。3月10日の「大毎新聞」は軍事公債、およびそれ以外の新規発行公債も日銀引受とする、前日の日銀主催時局懇談会で明らかにされた政府の方針を報じている。実際に日銀引受による国債発行が開始されたのは11月からとなったが、アナウンスメントはすでに行われていた。

この日銀による国債引受が物価上昇の大きな要因になったのかどうか。これはアベノミクスの主軸である一本目の矢である大胆な金融緩和がどれだけ物価上昇に寄与するのかを推し量る上でも参考となろう。

実は上記の記述は、拙著「聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓」の一部を引用したものである。いまになってヘリコプターマネー論が出てきているが、そもそもこの高橋財政を元に行ったのが、いわゆるアベノミクスであったはずである。ところが現実にはその効果は円安・株高といったものに限られた。その円安や消費増税前の駆け込み需要、原油価格の高止まりなどで物価も一時的に上昇した。しかし、原油価格の下落も手伝い、あっさりと前年比ゼロ%近辺に戻っている。

これはアベノミクスでは財政ファイナンスの踏み込みが甘かった、とかではなかろう。財政法で禁じられた財政ファイナンスを行うヘリマネならば確かに物価は大きく上がるかもしれない。円や国債の信認を低下させ、その物価上昇とともに金利も急騰しよう。それがいったい何を意味するのかは、あまり考えたくはない。

物価は日銀の金融政策で制御は可能などということが幻想であることをアベノミクスは立証した。ヘリマネ論を展開したいのであれば、何故、異次元緩和で物価が上がらなかったのかを説明する必要がある。それをすべて消費増税や原油安などの影響と単純に決めつけるのはおかしい。そもそも金融政策で物価は動かせるという前提に大きな問題があったのではなかろうか。それならば物価上昇時の制御なども金融政策でできることにはならない。

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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。