ハードルが上がったスタートアップ

岡本 裕明

ふた昔前位は起業するなら気力と体力があれば後はどうにかなる、というぐらいのものでした。開業資金は親せき、友人から掻き集め、あとは家族総出で頑張るといった感じだったでしょうか?もちろん、私が描くそのピクチャーは商店街の店であったり、街角にある飲食店であります。

ところが近年、情報化、物流の改善、資本主義的経営の拡大が進み、事業はより複雑に、より高度に、より資金力を要するものになってきました。かつて大規模店舗が商店街を壊したとされますが、個人的にはそれ以外にもコンビニの普及で専門を深堀する個人商店が立ち行かなくなったこともあると思っています。飲食店は品質の競合が高まり、口コミ、SNSでその店の評判は瞬く間に広がります。飲食店のクオリティに近いものも家庭で簡単に作れるよう食材の改善も進みました。

ふた昔前はスタートアップのプロフェッショナル レベルは極端な話、30点ぐらいでもどうにかビジネスを立ち上げることができたのです。ところが周りのレベルが上がった今、それこそ70点や80点でも厳しい気がします。95点取ってようやく、という感じでしょうか?しかし、スタートアップで95点取るのはほぼ不可能です。事実、起業して成功する人はかつて違う業種で起業したことがある「起業経験者」であることも多いのです。「俺の」シリーズの坂本孝氏やアメリカで注目されるテスラの創業者、イーロンマスク氏は「起業専門家」とも言えます。

ある知り合いの日本の上場会社の会長さん。彼も二度目の起業で二度とも上場させた経験があります。そのビジネスモデルのヒントは追随を許さない資金投入額、と教えてくれました。圧倒的な差別化で事業をすべて囲い込むそのスタイルが実現可能だったのは一度目の起業で得た資金力、人間関係、信用をうまく二度目に使ってレバレッジを利かせたことがポイントかと思います。

日経ビジネスに長く連載されている「フロントランナー」という企画ページがあります。サブタイトルは「小なれど新」、つまりきらりと光る特徴を持った会社が毎週、紹介されるわけです。例えばスマホによる遠隔診断サービス、アポ取りを専門とする法人営業支援、医師情報のネット検索サービス、学生と企業を結ぶカフェ…などひとひねりもふたひねりもしたユニークな「売り」がちりばめられています。それでも個人的には5年残れる会社は半分かな、という気がしています。なぜならば競合相手がいくらでも押し寄せ、その会社の特徴があっという間に打ち消されてしまうからです。

起業家は一人で何か立ち上げようと考えてはいけない気がします。例えばビジネス戦略も財務経理、経営、マーケティング、改善研究、カスタマーサービス…と知らなくてはいけない分野はゴマンとありますが、それらが初めからわかる人は皆無です。だからこそ、ある程度グループ化させたほうがワークするのではないでしょうか?

バンクーバーの街中にメディカルビルディングという変わった建物があります。大きな病院のはす向かいにあるその建物のテナントはすべて専門医の医療事務所。専門的治療を要する患者はここで専門医に見てもらい、場合によってそばの大病院で施術してもらう仕組みです。つまり、メディカルビルと言いながら医療機器はほとんどない単なるドクターの事務所がずらっと並んでいるのです。

メリットは専門医集団で情報が取り合えること、建物の共有スペース、例えば待合場所に関して齟齬がないこと、共通するサービス、レントゲンや各種検査機関、処方箋調剤がすべて一つの建物で賄えることなどがあげられます。

私が今、日本で描くチャレンジしてみたいビジネスとはマーケットであります。かつて一つの屋根の下に肉屋、魚屋、八百屋、乾物屋、味噌屋や惣菜店などが軒を連ねていました。そんなマーケットは今、まず、お見掛けすることはありません。しかし、よくよく考えればあのマーケットの一つひとつの店は高い専門性と個性という「売り」があったはずです。例えば「肉屋のコロッケ」といえばだれでも勝手においしいものだと連想するでしょう。スーパーマーケットの総菜コーナーとは一味もふた味も違う特徴を出すことができます。「今日のスイカは甘いよ、奥さん、ちょっと食べてみなよ」と差し出されることは今はありません。でもマーケットなら可能なのです。

これも一人ではできません。多くの商店が寄り添うことで可能なビジネスであります。しかし、起業家に下駄をはかせてあげることは必要です。自分一人なら50点しか取れなくても下駄が30点あれば合格点まではもう少しになりますね。

発想の転換とはこういうことではないでしょうか?起業のハードルは確かに上がりました。だからと言ってあきらめるのではなく、どうやったら不足する力を補えるか、そこに知恵を出していけばまだまだ消費を刺激することは可能ではないでしょうか?また、面白いビジネスが生まれる素地もできると感じます。

私はまだまだ挑戦します。なにかきっかけがあればいつでも一緒に汗を流したいと思います。

今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 6月26日付より