6月28日の午後、つけっぱなしのラジオからとんでもないコメントが聞こえてきた。カリフォルニア在住の、主にハリウッド映画紹介をされている方で、最近はときおり米国大統領選に関する興味深いコメントもしている。とあるラジオ番組に、レギュラーで電話出演されている方だ。
「Brexitで、スコットランドは独立に向かうだろう」
「英国のユニオンジャックは、イングランドとスコットランドの国旗を組み合わせたもので、スコットランドが独立したら、青字の部分がなくなって、白地に赤字だけになってしまう」
「スコットランドは独立すると、石油を持っていってしまう」
ハリウッド映画の紹介と、最近の米国大統領選のコメントでは、それなりの「信頼感」を得ている方の発言だから、視聴者の多くは「あぁ、そうなんだ」と思うのだろうな。
国旗の話もおかしいけれど、エネルギーアナリストとしては「石油を持っていってしまう」という発言は看過できない。
一般の視聴者はこの発言を「スコットランドが独立したら、沖合の北海で生産している石油の所有権を、すべてスコットランド政府のものにしてしまう」と受け止めるのではなかろうか。あたかも1970年代のオイルショックの後、中東産油国が欧米企業の石油利権を「国有化」した時と同じようなものと理解するだろう。
もし、そんなことが起こるとしたら、それはそれで大変なことだ。だが、起こるはずがない。少々、説明しよう。
英領北海の石油利権は、法律に基づき国家から民間企業が譲り受けているものだ。その上で巨額の投資を行っている。リスクを承知で「千三つ」とも「百三つ」ともいわれる探鉱作業を行い、めでたく石油を発見したら開発作業を行い、そして生産しているものだ。生産できた場合には、法律に基づき税金を払うことになっている。これにはRoyaltyと呼ばれる石油税と、一般的な会社にも課せられる法人税とがある。
もし独立する(できる)ならば、スコットランドの支配領海にある北海の石油利権およびこれらの税金の取扱いを、英国政府と交渉して取り決める必要がある。これがどうなるか、それは現時点では誰も分からない。
だが石油開発事業を行っている民間企業からみれば、税率が現状より悪くならなければ、支払う相手が英国政府からスコットランド政府に替っても大きな問題ではない。スコットランド政府としても、税率を含め他の諸条件も、現状より悪くすることはしないだろう。なぜなら悪くしたら、民間企業が逃げていってしまう可能性があるからだ。
70年代の中東における「国有化」は、欧米の民間企業を追い出し、産油国の国営石油が事業を継続する形で実現した。サウジであればサウジアラムコであり、イランならNIOCだ。それぞれ技術力をもった従業員を多数抱え、長い石油開発の経験を有している。
だが、スコットランドには国営石油はないし、そもそも国有化するつもりもない。
だから「スコットランドが独立したら、石油を持っていってしまう」というのは、単なる印象論でしかない。事実に基づいた、論理的な推論結果ではまったくない。
仮にスコットランドが独立しても、英領北海の石油開発事業はbusiness as usualで継続されるであろう。それがスコットランド政府にとってもベストの対応だからだ。
でも、それなりに「評価」されている人の発言は、一般社会は無批判で受け入れてしまうものだ。気をつけなければいけない。
弊ブログの読者の皆さんは、こんな誤解はしていないですよね。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年6月28日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。