EU危機の本震、予震、余震は何か

格差の拡大が社会を分断

EU(欧州連合)の分裂危機ほど、無数の問題点の指摘、解説が飛び出していることも珍しく、どれもがもっともらしく聞こえてきます。動揺を始めていた活断層があちこちで動き出した感じです。どれが本震、予震、余震かもはっきりしません。私は、最も本質的な震源は、国民投票を公約したキャメロン首相の失敗、はびこるポピュリズムというより、転換期に入ったEUのあり方そのものにあると思っています。

EU残留か離脱かという問題の設定を見かけます。表面的には、残留を訴えたキャメロン氏の敗北とされます。「世界を揺るがす残念な選択だ。キャメロン首相の誤算」(読売新聞社説)などはその一例です。何を書いても間違いといはいえないのが、今回の危機の特徴です。本当のところはどうなのでしょうか。

離脱派というより懐疑派の鳴動

このところ、目立ってきたのは、「残留派対離脱派」でなく、「EU懐疑派対離脱派」の争いという指摘です。さらにキャメロン首相も実はEU懐疑派とされます。懐疑派の考え方とは、「欧州全土でEUへの反感が高まっている」、「EUが加盟国よりも力を持ち、EUの中央集権派の前に、国民国家は委縮している」、「各種の規制、規則で加盟国の主権が制限されている」などです。

「そこで硬直的なEU官僚にNO(離脱)をつき付ける。そうでもしないと、EUはいうことを聞かないから」という解説も目にしました。なるほど、そうなればキャメロン首相は必ずしも敗北したことにならないわけですね。

さらに「EU移民が流入し、英国民の職や社会福祉を奪われている」、「離脱して自国で国境管理を厳格にすれば、テロを防ぎやすい」とし、EUの規制に対する不満も強いようですね。「全加盟国に硬直的した同じ規制を押し付けている」などと、離脱派の国会議員は批判しています。

当初の6か国が28か国に膨張し、「加盟国の拡大が自己目的化してしまった」という議論もあります。世界経済、欧州経済が成長していた時期は、加盟国の不満を吸収できたでしょう。欧州を色濃く覆うグローバリゼーションが、強い者と弱い者の格差を広げ、低所得層、労働者階層の不満を増幅していますね。

EU危機の横軸と縦軸

仏の歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は「英米で社会の分断・解体が進み、低所得層、中流層にシワ寄せが及んでいる。グローバル化を妄信し、生活圏の安寧に配慮しな無責任が人々の不安を招いた」と、指摘しています。EU危機の横軸がEUそのもののあり方とすれば、グローバリゼーションによる社会不安定化が縦軸になるのでしょうか。

今後、どのような展開が予想されるのでしょうか。このままではEU懐疑派が増えることを重大視し、懐疑派が納得できるように条約、協定の修正を行う。それを英国などが評価し、総選挙か再度の国民投票を経て、有権者が認め、EUに再加盟するという道はあるかもしれません。その場合でも、相当な期間を必要とするでしょうね。

EU危機が互いの譲歩で解決に向かったとしても、多くの次元の下に隠れている活断層がいつ、動き出すとはありえます。とにかくEUの全盛期は終わったことは間違いないと思います。マネー市場の動揺に関心を奪われることなく、何が本震かを考えるべきでしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年6月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。