ファンの心を掴んだヴァイキング ~ ユーロ2016

長谷川 良

サッカーの発祥の地、イングランドのナショナル・チームが6月27日、対アイスランド戦で1-2と予想外の敗北を喫した。スーパー・スターを多く抱えるイングランドのチームに対し、アイスランドにはスター選手はいない。GKハネス・ハルドルソン選手は映画監督が本業のセミプロ選手だ。そのチームにイングランドは敗れ、ユーロ2016から早々と敗退した。欧州のメディアは“第2のブレグジット(EU離脱)”と報じたほどだ。

人口約33万人のアイスランドのサッカー人口は約2万人と推定されているが、独自リーグはない。プロ選手は約100人だ。プロサッカー選手の数より火山の数(130)が多い。もちろん、羊の頭数は同国人口の3倍以上だ。小国で島国だから、国民はお互いに知り合いだらけだ。

ちなみに、アイスランド人口の約1割がナショナル・チームを応援するためにフランス入りしている。なお、アイスランドのイレブンの選手たちの給料を合わせてもイングランドのFWウェイン・ルーニー選手の月給より少ない。

欧州選手権初参加のアイスランドのチームがサッカーの伝統国イングランドのチームに勝つと予想したファンはサッカーを全く知らない人か、愛国者以外はいなかっただろう。

試合はイングランドが前半3分、ルーニー選手がPKで先行。その直後、シグルズソン選手がゴールして同点。18分にはシグナ―ルソン選手がシュートして試合を決めてしまった。アイスランドの戦略は選手が結束して相手ゴールに向かっていく。その雄姿はヴァイキングの襲撃のようだったといわれる。対イングランド戦の試合をアイスランド国民の99%が観戦したというからすごい。

ベスト8に進出したアイスランド・チームは試合後、ファンが集まっているスタンドに向かって拍子を取りながらヴァイキング式凱旋のセレモニーを披露した。

アイスランドの選手の大活躍を見ていると、英国のプレミア・リーグでレスター・シティーFCが今季、チーム創設133年にして初めて覇者となったことを思い出した。リーグが始まった直後、レスターがチェルシーFC、マンチェスター・ユナイテッドFCなど強豪がひしめく世界最高リーグで勝利すると考えたサッカー・ファンはいなかった。

当方はこのコラム欄で「スター選手も名監督もいない。資金も他チームのように豊かではないレスターがプレミアリーグで優勝したということは、プレミアリーグだけではなく、欧州のサッカー界に大きな衝撃を投じている。ロシアの金持ちがその資金力でスター選手をスカウトしてインスタントの強豪チームを作るケースが多く見られるだけに、レスターの優勝は新鮮な驚きと感動を世界のサッカーファンに与えている」と書いたばかりだ(「レスターはサッカー界を変えた!」2016年5月9日参考)。

アイスランドのナショナル・チームの活躍、レスターのプレミアリーグ制覇をみていると、巨額な契約金でスーパースター選手を買い、チーム強化を図る時代は終わった、という印象を受ける。スター選手はチームの広告塔になるが、試合の勝敗は選手と監督の結束、連帯がキーだ、という極めて当たり前の鉄則が再認識されてきた。7月3日の対フランス戦でアイスランドのチームがどのような試合運びを展開させるか、今からワクワクしている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。