高橋財政のリスクとしては、財政拡大の主因が軍事費であったことに加え、日銀による国債引受があった。これについて高橋是清は「一時の便法」と称していたが、それはある意味、パンドラの箱を開けてしまったとも言える。デフレからの脱却期であれば、その弊害は見えていなかったが、経済が回復するとそのリスクが拡大することになる。つまり、日銀による国債の売りオペを行って過剰流動性を吸収しても、国債発行による財政拡大が続けば信用膨張が進んでしまう。これを抑制しようにも金融引き締め政策の実行が著しく困難となるのである。
高橋是清蔵相は当初、「日本国民の通貨に対する信用は非常に強固なものがある」ため「通貨の信用ということについてはあまり気にする必要はない」という理由で公債漸減主義は考えていなかった。しかし、その後日銀の深井副総裁の度重なる進言と、第一次世界大戦後におけるドイツ・インレーションに関する調査物を読んで、その心境に変化が生じたとされると、当時の大蔵省理財局国債課長であった西村淳一郎が回顧録で述べていたそうです。
ここはアベノミクスと比較する意味においても非常に重要なポイントとなる。日本の通貨や国債に対する信用は非常に強固との認識は当時の高橋是清だけでなく、現在の日本の為政者も持っていると思われる。これが現在も財政健全化といいながらも巨額の国債発行を続けているひとつの理由になっていよう。
ここで気になったのが、高橋是清が「ドイツ・インレーションに関する調査物」を読んでいたことであった。第一次世界大戦の敗戦により、ドイツは天文学的な賠償金を背負わされ、財政支出の切り札になったのが、国債を大量発行し、ライヒスバンクに引き取らせるという手法となっていた。中央銀行として1875年に設立されたライヒスバンクは、全額民間出資ながら、ドイツ帝国の行政府としての位置づけで、国からの強い影響力があった。その結果、ドイツはハイパーインフレに見舞われることになる。
高橋是清の考案した日銀引受による国債発行は、市中公募と異なり発行額や発行条件が市場動向に左右されなくなる。日銀の国債引受方式による大量の資金供給で、金利そのものの引き下げも目的としていた。同時に財政負担の軽減を目的に発行する国債の利率の引き下げを計ることも重要な目的となっていた。金融緩和策とともに、国債の発行条件の引き下げにより、金利の先安予想が強まり、国債価格の上昇予想を背景にして、国債の売りオペを通じての市中消化を円滑に行うことが可能となった。つまり、これは金利の引き上げを行うことはかなり困難になることを意味しており、その好循環が途切れるとすべての歯車がうまく回らなくなることも意味する。1935年に入るとそれまで順調となっていた売りオペによる円滑な市中消化が変調をきたしはじめた(拙著「聞け! 是清の警告」から一部引用)。
このあたりの状況はいまの日本国債を取り巻く環境に酷似してはいまいか。むしろ日銀のマイナス金利により当時よりもさらにエスカレートしている。政府は国債のマイナス金利化により国債を発行すればするほど利益が生み出されている。そして、日銀の意地元緩和、ではなく異次元緩和は緩和方向の一方通行と化しており、ブレーキが掛けられないような状況に陥っている。いずれ近いうちに日銀の国債買入が変調を来す懸念がある。ここでもし、ヘリコプターマネなど導入しようものなら、その行き着く先は過去の歴史を見れば明らかであろう。
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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年7月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。