独ミュンヘン銃乱射事件の「教訓」

独南部バイエルン州ミュンヘン市内のオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)周辺で22日午後発生した銃乱射事件には約2300人の警察官、それにドイツが誇る対テロ特殊部隊(GSG9)、それに隣国オーストリアから欧州一の特殊部隊といわれるコブラ部隊40人が動員された。犯行上空にはヘリコプターが旋回し、犯行現場を空から監視した。ドイツ犯罪史上でもまれにみる大規模な捜査網だ。

事件発生当初,犯人はイスラム過激派テロリストで3カ所から銃弾の音が聞こえたこと、犯人は「神は偉大なり」と叫んでいたといった目撃者の証言があった。犯人は短銃ではなく、長銃(Langwaffen)を所持していたという情報から、市内でも銃撃戦が始まったという情報まで流れた。
実際は、18歳のイラン系ドイツ人であり、単独犯行だった。犯人はオーストリア製拳銃グロック17を所持していたが、機関銃や長銃は持っていなかった。ミュンヘン警察関係者が23日の記者会見で発表した内容によると、「イスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)との関連性は見当たらず、過去の大量殺人事件に関心を注ぐ精神的病の持ち主の可能性が高い」という。

すなわち、事件当初、独メディアが流していた目撃者情報やソーシャル・メディアの情報の多くは誤報だったわけだ。犯人複数説は単独犯行に、所持していた武器も事実と異なり、イスラム過激派テロ説は自宅捜査の段階では根拠がまったくなかった。

犯人が犯行後、自殺したのは午後8時半ごろだった。警察側が犯人の遺体を確認している。にもかかわらず、ミュンヘン警察側は深夜まで警戒態勢を敷いていた。その背後には、別の犯人が潜んでいるという目撃者情報やソーシャルネット情報があったからだという。ミュンヘンの銃乱射事件は捜査初期から様々なソーシャル・メディアに流れる情報に踊らされたわけだ。

警察広報担当官は、「何らかの情報を入手したならば、警察側に先ず報告していただきたい。情報の真偽を確認せずにソーシャルメディアに流せば、警察側の対応にも支障が出てくる」と警告を発したほどだ。

ドイツ民間放送は目撃者が撮った2本のビデオを流していた。1本は犯人が犯行現場のマクドナルド店前で銃を乱射し、市民が逃げているシーンが生々しく映されていた。別のビデオでは、犯人が周辺に住んで居る若者と話をしているシーンだ。犯人はそこで自身が精神的病で治療を受けていたことを吐露している。
両ビデオとも犯人の動向を伝える貴重なビデオだが、事件解決前にメディアに公表されたことで捜査側にも混乱が生じたことは事実だろう。ただし、犯人が自殺した現在、両ビデオ、特に後者は重要な情報源だ。犯人が直接、自身の病や生活状況を語っていたからだ。

ソフトターゲットを狙ったテロ事件や銃乱射事件では、ソーシャル・メディアが大きな役割を果たすことは実証済みだが、ミュンヘンの場合、捜査を誤導し、混乱をもたらす結果ともなったわけだ。ミュンヘンの銃乱射事件は、テロ対策とソーシャル・メディアの役割について、貴重な教訓をもたらしたといえる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。