7月29日の日銀金融政策決定会合で「金融緩和の強化」が決定され、ETF(上場投資信託)の買入を現行の3.3兆円から6兆円とすることや企業・金融機関の外貨資金調達環境の安定のための措置を決めた。
今回の日銀の決定会合では大規模な(真水部分はさておき)政府の経済政策と歩調を合わせて、大胆な金融緩和策を講じるとの見方が多かった。事前のエコノミストなどの市場関係者へのアンケートでは7、8割が追加緩和ありと予想していた。結果として追加緩和が決定されたということで、今回の追加緩和はサプライズではないものとなった。
ただし、私を含め緩和策は限界が近いため無理はせずに現状維持との見方も少なからずあった。結果からみれば追加緩和はあったが、それは緩和を予想していた人々にとっては「これだけなのか」といった失望感も拡がった。私ら現状維持派としては、やるとしてもこの程度なのは致し方ないとの認識でもあった。
むろんETFの6兆円の買入は決して小さな金額ではないし、株式市場に与える影響も大きい。しかし、これまでの黒田総裁のサプライズ緩和は、その規模の大きさやマイナス金利政策といった予想外の政策(黒田総裁本人がマイナス金利を否定していたこともあるが)であったことで、今回も過剰な期待感が出ていたこともたしかである。特に今回はいかにも政府筋が日銀に歩調を合わさせようと動いていた節もあるため、海外勢中心に異様な期待感が出ていた。それはヘリマネ現象としても現れていた。
バーナンキ前FRB議長を日銀総裁や安倍首相と会わせ、いかにもヘリマネが重視されているかのような印象を持たせた。通常であれば議論が出ることすらおかしいはずの政策が公然と議論されるまでになってしまった。しかし、その後さすがにヘリマネはおかしいとの認識が強まると、今度は50年国債の発行を持ち出してきた。これはつまり現行の法律では永久債の発行が無理であるとわかり、代替手段として50年債を持ってきたとのではなかろうか。しかし、それも即座に否定され、ヘリマネ推進は今度は政府の財政政策と歩調を合わせる格好としての追加緩和観測を強めさせる手段に転じたのかもしれない。
日銀が政府の強い要請を受けて29日までの金融政策決定会合で追加緩和策を具体的に検討している、と決定会合前にロイターが複数の関係筋の話として伝えた。さらに「政府は日銀に追加緩和を実施するよう懸命に働き掛けており、追加緩和が決まれば声明を公表する準備を進めている。」ともロイターは伝えている。ヘリマネはさておき、日銀に何らかの追加緩和を検討するように働きかけていたことは確かではなかろうか。
その回答が追加緩和といはいえ、ほぼETFの買入増額という強化だけに過ぎなかった。日銀は12月の補完措置で国債買入の額を拡げようとしたが量の拡大はせずに、今年1月にはマイナス金利という新たな手段を導入した。このためECBのようにマイナス金利を引き下げることで緩和効果が出るとの期待もあったろう。しかし、量については国債買入の限界が意識されて手をつけられず、マイナス金利についてはメガバンク、ゆうちょ銀行などに加え、生保あたりからも批判的な声が上がり、その深掘りも諦めざるを得なかった。その結果出たのが今回のETFだけ、というものであった。
29日に発表された6月の消費者物価指数は総合が前年同月比マイナス0.4%、ベンチマークとなっている生鮮食料品を除く総合(コア)が同マイナス0.5%、食料及びエネルギーを除く総合が同プラス0.4%となった。コア指数は前月のマイナス0.4%からマイナス幅を拡大させ、2013年3月以来のマイナス幅となった。つまり2013年4月の量的・質的緩和以前の水準にまでマイナス幅を拡げたことになる。
これに対して6月の完全失業率は3.1%となり、前月に比べて0.1ポイント改善し、およそ21年ぶりの低い水準となった。同月の有効求人倍率は1.37倍と前月から上昇し、24年10か月ぶりの高水準となった。
いわゆるアベノミクスが始まって物価はすぐに上昇する格好となり、コアCPIは2013年3月の前年比マイナス0.5%から、2014年4月にはプラス1.5%まで上昇した。しかし、ここがピークとなった。2014年10月には量的・質的緩和の拡大を行い、2016年1月にはマイナス金利政策を決定したが、コアCPIの前年比は低下し続け、今回のマイナス0.5%に低下した。
雇用だけみるといかにもアベノミクスの効果があったに見えるが、そもそもアベノミクスの柱が異次元緩和にあり、その目的が物価の2%への上昇であったのだから、雇用の改善はデフレ脱却によるものではなくて別の要因によるものということになろう。
このように物価目標からますます遠ざかり、一時値を戻していた原油価格も再び下落しつつあることで物価上昇への抑制圧力を除くことは容易ではない。大胆な金融政策でも物価には効果がないことを日銀が自ら立証してしまった格好となっている。
これに対して日銀も何らかの手を打たざるを得なくなり、その回答が今回の決定会合の声明文での下記の部分である。
「海外経済・国際金融市場を巡る不透明感などを背景に、物価見通しに関する不確実性が高まっている。こうした状況を踏まえ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」・「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこととし、議長はその準備を執行部に指示した。」
これをどう取るか。日銀は金融政策が物価に効果があるとのスタンスに変化はない。しかし、2年で2%という物価目標は達成されておらず、その検証もせずに追加緩和を進めることはおかいしいとの指摘もこれまでにあった。やっとそれに対して日銀も重い腰を上げたわけだが、その検証は原油安や消費増税など外部要因による影響を前面に出して、2年という期間を設けずに2%の物価目標達成を目指すといったものとなり、波及効果の分析等ではなく、言い訳を前面に押し出したものとなるのではなかろうか。
戦争に反対していた山本五十六が真珠湾攻撃に望んだのは短期決戦を目指し、講話により和平の道を目指したとされる。当初の真珠湾攻撃は予想以上の成功を収めたが、ミッドウェー海戦で戦況が代わり、戦争は長期化し泥沼化していく。現在の日銀をこの太平洋戦争の日本軍の状況とたとえてみる向きも多い。昨日の黒田総裁の会見をみても決意だけは動かない、前進あるのみとし姿勢を維持していた。まだ買える国債は三分の二もある、マイナス金利の深掘りも可能と発言しても、今回なぜそれを講じなかったのかという点については具体的な言及は避けている。
次回9月の会合では「検証」をするとともに、今回しなかった大胆な緩和をしてくるとの期待の声も出ているが、残念ながら目標達成できなかった言い訳を述べることと、長期戦の構えを示した上で竹槍を準備させるようなことになるのではなかろうか。むろん国債をもっと大胆に買入れ、マイナス金利を一層深掘りすることは技術的には可能ではある。ヘリマネまで踏み切るかもしれない。しかしそれは戦艦大和の玉砕攻撃に例えられよう。国債市場を大胆に破壊するようなことになりかねない。どんどん深みにはまる日銀だが、最後にその影響を被るのは誰なのかも考えておく必要があろう。
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編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。